機械仕掛けの神
大穴に飛び込んだ三人は、暗闇を越えて急速に落下していく。
その場所に辿り着いたのは、体感として一瞬だった。
ガンッ――と、重い音を立ててプロト・マグナが底に立つ。
「わっ!」
殺しきれない衝撃が身体の芯まで響いてくる。それにヨエルが小さく声を上げた。けれど怪我を負うレベルじゃない。
そのことに安堵して担がれていた身体を降ろしてもらうと、フィノはおもむろに周囲を見回した。
四方を鉄か何かの壁で囲まれている空間。辺りは仄かに青白く発光していて何も見えないわけではない。かといって太陽の下ほど明るくもない。
例えるなら……月夜の明るさで満たされていた。
そして、その中央には奇妙な建造物があった。
「あれ、なんだろ」
いつの間にか呼び出していた黒犬のマモンを抱きかかえてヨエルが不思議そうにそれを見遣る。
それを目にした時、まっしろな匣があるのだとフィノは思った。祠に安置されているあの匣のような無機物な造形。ここにあるものは、大きさがそれの比では無い。
見上げるほどに巨大なそれは、確かに四角く、角張っていた。
けれど、そう認識した途端にそれは形を変える。
角張っていたカドは、まるく変形してグニャグニャと蠢きだした。と思ったら、綺麗な球体に変わってしまう。まるで生き物のように姿を変え続ける物体の周囲には、それを取り囲むように柱が並んでいる。
そして、その中央……ちょうど不可思議な物体の正面に、ぽつんと玉座のように椅子が置いてあった。
『ここが大穴の底ならば、機人とやらの四災の元に辿り着いたはずだ』
「でも誰もいないよ」
二人の会話を聞いて、フィノもそれが気になっていた。
目の前にはよくわからない建造物が建ち並ぶ。しかし、どこを見てもそれ以外には何もない。
プロト・マグナのような個体も見えないし、かといって四災本人の姿もどこにもない。
「ねえ、機人の人はどこ?」
「あそこだ」
案内してくれたプロト・マグナに尋ねると、彼は眼前にある物体を指差した。
「えっ、あれ!?」
「そうだ」
彼曰く、あれが四災の本体なのだという。
生き物ですらない姿に、流石に動揺を隠せない。確かに動いてはいるし……あれを生きている状態とするならば、わからなくはないかもしれないが。
『なんと奇妙な』
これにはマモンも驚いていた。二千年生きてきた彼でも度肝を抜かれるみたいだ。
驚く三人を余所に、プロト・マグナは蠢く物体に近寄る。彼は備えてある椅子に腰を下ろした。
そして、地上にいた時と同様。彼の身体を借りて姿を現わした四災は、来客の存在に不機嫌さを醸し出す。
「良く来たな、と言いたいところだが……私はお前たちの来訪を歓迎していない。だが、来て早々に帰すのも客人に対して失礼だ。話くらいは聞いてやろう」
相変わらず尊大な態度を取るが、それに腹を立てても仕方ない。気にしないことにして、フィノはここを訪ねた経緯を彼に話した。
「――なるほど、森人の手引きか。無人の奴に相対する前に私の助言を得ておこうというのは、上策ではあるな」
理由を聞くと、彼は納得してくれたようだ。
「それで、お前の本命はなんだ?」
本命……彼がフィノに問いたいのは、無人の四災にあって何をしようとしているのか。それを聞いている。
「私は……瘴気をなくしたい。その為になんとか交渉するつもり」
無人の四災がフィノ相手に取り合ってくれるかは、完全に未知の領域だ。
ヨエルは実際に彼と会ったと言ったが、何の問題もなく帰ってこれたのは人間が彼の創り出したものだったから。
フィノではこうも上手くはいかないはずだ。
「目的も良い。手段も問題ない。だが、その後の事はどうするつもりだ?」
「……そのあと?」
「奴を大穴の底から出した後のことだ」
機人の四災は思ってもみないことを問うてきた。
完全に予想外の質問をくらって、フィノは狼狽える。その後のことなんて、まったく考えていなかったのだ。
けれど、上位者という絶大な力を持った者を外に出すのだ。出した後、彼をどうやって制御するか。制御できるかなどまったく予想がつかない。
思わぬ問題に直面したフィノは言葉もなく固まってしまった。
それを見て、機人の四災はこれ見よがしに溜息を吐く。
「まさか、何も考えていなかったのか?」
「う、うん」
「度し難く、軽率であると言わざるを得ない」
容赦のないダメだしに、フィノは言葉に詰まる。
返す言葉もなく黙っていると、それを見かねたように彼は告げる。
「そもそも、お前はなぜ私たちがこんな場所に囚われているか、知っているのか?」
「うっ、……あんまり」
上澄みだけはフィノも知っている。確か……人間のせいであると、竜人の四災は話していた。
けれどそれだって詳しいことはわかっていない。こうして接してはいるが、本当に彼らについては何も知らないのだ。
「森人が助言をもらえと言ったのはそれだろう。相手を知らなければ対策の立てようもない」
「うん、そうだね」
「知りたいなら話してやってもいい。何の慰みにもならない、昔話だがな」
開いた口が笑みを刻んで語りかけてくるのを、フィノはまっすぐに見つめると静かに頷いた。




