本命を辿る
二人の様子を遠巻きに眺めていたマモンは、同じくこの状況を傍観しているプロト・マグナを警戒する。
見たところ、こちらに危害を加える様子はない。フィノと共にこの場所に居たということは、先ほどの小競り合いの後、和解したと見て良いだろう。
けれどやはり、警戒を解くには未だ信用しきれない存在でもある。
とりあえず小回りの利く鎧姿に変化すると、フィノと話していたヨエルがマモンを振り返った。
「マモン!」
『なんだ?』
「フィノがなにがあったか、知りたいって」
自分では上手く説明できないからとマモンに役割が回ってくる。フィノも大穴に落ちてから今まで、何をしていたのか。誰よりも知りたいはずだ。
『わかった』
快諾するとマモンはヨエルと体験した事をフィノに話して聞かせる。
無人の四災と出会ったこと。彼と少し話をしたこと。
そして……彼の話に出てきたユルグのこと。
それを聞いた瞬間、フィノは目を見開いた。
こればかりは彼女も予想していなかったのだろう。ありありと浮かんだ驚愕は、言葉はなくともその心情をはっきりと表している。
「そう、だったんだ……」
しかし、フィノはそれを聞いてヨエルのように嬉しそうにはしなかった。
彼女にとって、ユルグと別れることになったあの時のことは、今でも思い出したくない事の一つなのだ。素直に喜べる、というわけでもないのだろう。
もちろんそれはマモンも理解している。
だからこそ言葉を選んで気を遣っていたというのに、何も知らないヨエルはそんなものはお構いなしだ。
「それでね。手紙、もらってきたんだ」
「……手紙?」
「うん、ぼくのと……フィノのぶんもあるよ」
半信半疑だったフィノは渡された紙切れを開く。
そこには古代語の文字が並んでいた。ヨエルの話ではこれは大穴の底で会った四災が書いたらしい。
彼はユルグの最後の望みを聞いて、これを代筆したという。
もちろんその事にも驚きはするが、フィノが一番に驚いているのはヨエルだけでなくフィノにも言葉を残してくれてたこと。
フィノの知るお師匠が、そんなことをするなんて信じられない。
「フィノ、これ読める? マモンはできないんだって」
「う、うん。読めるよ」
「やった!」
少年の無邪気な問いに答えてやると、ヨエルは飛び跳ねて喜んだ。
もういない父親が自分の為にと残してくれたものだ。嬉しくないはずはない。
「でもここじゃ無理だから、街に戻ったらみてあげる。それまでちゃんと、自分で持ってて」
「わかった!」
『それで、この後はどうするのだ?』
懐に手紙をしまったフィノに、マモンはこれからのことを尋ねる。
ヨエルを救い出すことには成功した。けれど、フィノの本来の目的はスタール雨林にある大穴の調査だ。
この場所に居るであろう、四災を訪ねてきた。
「うん、それなんだけど……」
これにはフィノに考えがあった。
彼女は、少し離れた場所でこちらの様子を観察しているプロト・マグナへと声を掛ける。
「あなたの主人がいる場所に、連れてって欲しい」
「構わないが、一つ条件がある」
「条件?」
「魔王も共に来ること。それが条件だ」
彼はマモンを指差して交渉してきた。
マモンだけならば容易いが、彼を連れて行くとなるとヨエルも一緒でなければならない。これから向かう大穴の底に危険はないと思うが……ヨエルの安全を思えば躊躇してしまう。
「もちろん魔王に危害は加えない。それは約束しよう」
「本当に何もしない?」
「マスターも魔王には興味を抱いていた。話を聞くだけだ」
プロト・マグナが約束を反故にするとは思えない。それは信用出来るとは思うけれど……とはいえ、フィノの一存で決めて良い話でもない。
「マモン、どう思う?」
『己は構わない。それが条件だというのなら、従った方が後手に回ることはないはずだ。それと、ヨエルの事は任せてくれ』
マモンがいつにもなく自信に満ちあふれているのは、無人の四災に力を戻してもらったからだ。今の彼は全盛期と同じ、無敵の魔王様である。
これまでのようにヨエルを危険に晒すことはないだろう。
「わかった。その条件でおねがい」
「承知した」
プロト・マグナは頷くと、フィノとヨエルを軽々と肩に担ぐ。
マモンには大穴の底に着くまで消えてもらうと、一切の躊躇なく底の見えない大穴へと飛び込んでいった。




