憂慮を払う
不死人を処理し終えたフィノは、祠の内部で手持ち無沙汰にしていた。
ヨエルを連れ帰らない事にはどうにもならない。とはいえ、フィノでは彼の辿り着く場所に向かうことは出来ないらしい。
だから結局、こうして待つしかないのだが……不安だけが募っていく。
「大丈夫かなあ」
祭壇のアーチから飛び降りると、フィノは再び大穴の淵に立って下を覗く。変わらず暗闇だけの視界に、フィノは何度目になるかわからない溜息を吐いた。
ふと顔を上げると、プロト・マグナがじっとフィノを凝視している。彼の顔には眼窩はない。けれどしっかりと視線は感じるので、かなりの違和感だ。
「……どうしたの?」
「なぜそこまで気に掛ける? 魔王ならば死ぬ事はないはずだ」
「そうだけど……ヨエルはまだ子供だし、私が守ってあげなきゃ」
ただでさえ攫われたりと怖い目に遭っているのだ。傍にマモンがついているとはいえ、不安は感じているはず。
「それに、家族なんだから心配するのはあたりまえ」
「……家族」
フィノの一言に、プロト・マグナはなにやら腕を組んで熟考している。そんなに変な事は言っていないはずだけど……彼にはどうにも気になることのようだ。
「あなたにはいない? 大事な人とか、家族」
「プロト・マグナは最後に創られた試作型だ。他の機人は、大昔にすべて壊れてしまった」
声音に暗い色が陰る。どうやら彼は落ち込んでいるみたいだ。感情が上手く表に出ないから気付くのが難しい。
「壊れた?」
フィノはプロト・マグナの発言に懐疑的だった。
彼の身体は魔法攻撃を受けても傷一つ付かないほどに頑丈。それがどうやったら壊れるというのか。
「当時の情報はプロト・マグナには与えられていない。マスター曰く、欠陥があったらしい。それを排除して新たに創られたのがこの身体だ」
だが――と、プロト・マグナは続ける。
「完璧な存在を目指して創られたにもかかわらず、プロト・マグナは未だ不完全な存在。故に魔王を求めていたわけだ」
彼の言う完璧と不完全。その意味がフィノには理解出来なかった。
見たところ誰よりも完璧な存在に見える。頑丈な身体に凄まじい力。どれをとっても生身の生物よりも遙か高見にいる存在だ。
けれど彼はそれではいけない、というのだ。
「魔王は不死身の存在。機人と似ている。それと関わることで何か気づきが得られるはずだ」
「足りないものなんて、何もないと思うけど」
そもそも彼が何を得ようとしているのか。それがわからない。
プロト・マグナの発言では、彼は不死身のマモンと似ている存在であるらしい。そんな完全無欠な存在が欲してやまないもの……いくら考えたところで答えは思い浮かばない。
二人揃って頭を悩ませていると、微かな物音が耳朶を打った。
それは大穴の底から聞こえてくる。慌てて覗き込むと、その刹那――暗闇から獣姿のマモンが飛び出してきた。
「――マモン!?」
ドシン、と着地するとマモンはそっと頭を下げた。
彼の頭の上には小さな影が見えて、それはぴょんっとマモンの頭から下りるとフィノに駆け寄ってくる。
「――っ、ヨエル!」
脇目も振らずにフィノの懐に飛び込んできたヨエルは、抱き留められるとぎゅっと抱きついてくる。
いつになく珍しい様子に、フィノは彼と目線を合わせると体調を見る。
「大丈夫だった? 怪我、してない?」
「うん、だいじょうぶ!」
フィノの心配を余所に、ヨエルは元気そうに返事をする。
もっと落ち込んでいると思っていたフィノは少し拍子抜けする。元気なのは良いことだし、何も問題はないけれど……フィノだってかなり心配していたのだ。
「はああ、よかったあ」
「く、くるしいよ」
抱きしめて安堵していると、ヨエルがフィノの背中を叩く。
苦しげに呻いていたけれど、その表情は照れたようにはにかんでいてそれを見て、フィノは心の底からほっとした。
「すぐに助けにいけなくてごめんね」
「ううん、フィノのせいじゃないよ。ぼくも、ご――」
ごめんなさい、と言おうとしたヨエルの目がフィノの姿を捉えると、それを全て言い終える前に口を噤んでしまった。
何事かと案じているフィノを余所に、ヨエルは途端に哀しい目をする。
「フィノ、怪我してる……」
「あっ、ああ……これは」
「ぼ、ぼくのせいっ……ご、ごめんなさい」
急にしおらしくなったヨエルはさっきまでの笑顔を消してしまう。
それを取り戻すため、フィノは彼に嘘を吐くことにした。
「大丈夫! これ、全然痛くないからね!」
「……ほんとう?」
「うん! だから心配しないで」
さっきと立場が逆になってしまったことに苦笑しながら、フィノはヨエルの頭を撫でる。
包帯で隠している火傷は、手のひらは軽く焼ける程度で済んだけれど、他の場所……掴まれた腕と首は酷く痛む。きっと完治しても火傷の痕は残るだろう。
でもヨエルが無事に戻ってきたのだ。自分の怪我など、生きているならそれほど問題にもならない。




