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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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巡る因果

 

 それを目にした途端、四災はフィノから意識を逸らして固まった。


「なんだあれは」


 背後から現われたモノが何かはフィノにはわからない。けれど四災はそれを見上げて、呆然としている。

 打ち上がった水飛沫が彼の頭上に降ってきて、ジュウと音を立てた。


「はな、せっ!」


 それに構わず力の限りに抵抗を続けると、ふいに首を掴んでいた手が離れていった。

 突然の解放に驚くフィノだったが、安堵するにはまだ早い。

 四災がフィノを手放したのは、フィノよりも厄介なものが現われたからだ。


「無粋に邪魔立てするか!」


 吠えるように声を荒げた四災に向かって、無数の触手が襲いかかる。


 それの正体をフィノは知っていた。水棲の魔物。植物の形をしているそれは、自らのテリトリーに入ってきた獲物を襲う。罠も張る狡猾さを持っていて、かつてフィノもそれに嵌まってしまった。


 あれが姿を現わしたのはフィノが先ほど池に落ちたからだ。それを感知して水中から出てきたのだろう。


「なんとか、たすかった……」


 絶体絶命の窮地を救ってくれたのは、かつて苦汁を飲まされた相手。因果なものだ。


 火傷の痛みに顔を顰めながら立ち上がると、フィノの面前では奇妙な事が起きていた。

 圧倒的な力でフィノを打ちのめしたあの四災が、どういうわけか。ただの魔物に苦戦しているのだ。


「くっ……この触手、面倒だ」


 苦戦を強いられている理由は、彼の攻撃手段が打撃一辺倒なところだろう。

 絡みついてくる触手を千切ってもすぐに別が纏わり付く。あの魔物に一番有効な攻撃手段は強力な魔法攻撃だ。

 炎……は水棲だからあまり効果は見込めないが、凍らせてしまえばどうってことはない。植物であるし、濡れているから凍結には滅法弱いのだ。


 フィノであればあんな魔物などには苦戦はしない。対して四災は、魔法など使えないだろうし手こずるのも道理だ。

 単純な話、相手がすこぶる悪いということだ。


 それに、気のせいかもしれないが四災の動きのキレがなくなっているようにも思う。もしかして疲労が溜まっているのだろうか?

 機人(マグナ)という種族についてフィノは何も知らないが、生物よりも頑丈な身体を持つのだ。ただの疲労が原因とは思えない。


 幸いなことに魔物はフィノには寄り付かず、四災を敵と見なして標的としたようだ。


 その攻防を安全な場所から眺めながら、フィノはざっと自分の身体の状態を見る。

 一番酷いのは首元の火傷だ。手や腕よりも痛みが酷いし、ヒリヒリと焼け付くような感覚がある。

 他の火傷も痛みはするが我慢は出来る。痕は残ってしまうけれど、生きているだけで充分。


 そうしていると、膠着を続けていた戦いに変化が表われる。


「このっ、痴れ者がっ!」


 怒号をあげながら、捌ききれなかった触手によって四災が池の中に引き摺られて行くところだった。

 彼の身体は未だ高温のまま。水に触れるとジュウジュウと音を立てて水蒸気をあげる。

 しかしあの池の水を全て蒸発できるわけもなく。無慈悲にも触手をもって、彼は池の中に引き摺られて消えてしまった。


「……たすかった、のかな」


 なんだか釈然としない終わりだけど、とにかく命は救われた。

 静かになった池の水面を見つめて、フィノは安堵の息を吐く。


 四災が水底に連れ去られてからは、何の物音もしなくなった。元々このスタール雨林は静かな場所だ。動物は殆ど見ないし鳴き声も聞こえない。

 それを確認した後、フィノは祠に戻ろうと歩き出す――と同時に、再び水飛沫が空中を舞った。


 池の中央に目を向けると、そこには触手から逃れたであろう純銀の身体が浮かんでいた。

 咄嗟に身構えたフィノだったが、なぜか四災はフィノには構わず池の畔へと向かう。

 てっきりすぐさまこちらに攻撃を仕掛けてくると思っていたのに、それどころではないようだ。


「不愉快だ。あんなものに遅れを取るとは」


 忌々しげに呟いて、水の中から這い出してきた四災はそのまま地面へと仰向けに寝転がる。

 彼の様子を遠目に観察していると、先ほどまで高温だった身体は見る影もなく落ち着いているようだ。元に戻ったのだろうか?


 それに、どうにも身体の動きも鈍く見える。

 実際、池の中央からあがるのにも随分とゆっくりと時間をかけていたようだし、何か問題があったのだ。

 それを察知したフィノは、警戒しながら四災へ近付くことにした。


「ああ、なんだ。お前か」


 フィノに気づいた四災は、先に話しかけてきた。

 それに無言を貫いていると――


「残念なことにお前の相手は出来ない。この身体であそこまで浸水してしまっては、満足に動くことすら出来ないのでな」


 降参だとでも言うように四災は両手を挙げた。

 それでもまだ警戒しているフィノを見て、彼は続ける。


「地上で使える干渉器はこれ以外、持ち合わせていない。妨害する気は無いということだ」

「それって……」

「魔王については諦めよう。非常に残念ではあるがね」


 どういうわけか、四災は手を引いてくれるみたいだ。


「はあ、よかった」


 言質が取れたところで、フィノは安堵する。

 敵対勢力が一つ減ったのは喜ばしい。けれど、現状の問題が解決しただけ。ヨエルを救うにはまだ気を抜けない。


 ヨエルはあの男と一緒に大穴に落ちてしまった。

 あの後、どうなったか。フィノは何も知らない。とにかく一度祠に戻って確認しなければ!


「私は祠に戻るけど、あなたはどうする?」

「機能が回復するまで休息する。このままでは歩行すらままならない」

「わかった……本当に邪魔しない?」

「もちろんだ。約束は守ろう」


 念押しに四災は頷く。

 それを確認したフィノは、横たわる彼を置いて祠に戻ることにした。


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