正体不明のナニカ
フィノは真っ先にヨエルの元へ行こうとした。
けれど、それを正体不明の謎の人物が阻止する。純銀の彼は声もなくフィノの前へと立ち塞がる。
「っ、どいて!」
「それは出来ない。プロト・マグナの使命は侵入者の排除。例外はない」
鷲掴んでいた不死人の頭を握りつぶすと、フィノを見据えて構える。どうやら彼は見逃してくれないみたいだ。
「私はあの子を助けにきただけ!」
フィノの必死な訴えにも返ってくるのは沈黙だけだ。
こんなところで争っている時間はないというのに、フィノの言葉はプロト・マグナに通じない。
観念してフィノが剣を抜いた所で、緊迫していた状況に変化があった。
祠の入り口付近にいるマモンが、突然巨大な獣に姿を変えたのだ。遠目からでもその姿はよく見える。
マモンは滅多にあの姿は取らない。ということは……ヨエルの身に何か良くない事が起こったということだ。
すぐにでも駆けつけたいが、プロト・マグナの妨害によりそれもままならない。焦燥に奥歯を噛みしめて、どうにか隙を見つけてヨエルの元へ行こうとフィノは考えた。
どうあっても彼と争っている時間はないのだ。
マモンから目を離して、再びプロト・マグナへと意識を向けると……彼は既にフィノの事は見ていなかった。
視線もわからない鉄仮面で凝視しているのは、今しがた変化したマモンの姿。
それを言葉もなくじっと見つめている。まるでフィノの存在などいないかのように無防備だ。
「……なんなの?」
不可思議な状況にフィノは困惑する。
先ほどまでは明確な意思を持ってフィノの前に立ち塞がったかと思いきや、今は完全に意識を逸らしている。
視線も意識も構えも解いて、マモンが姿を変えた長毛の獣だけを見つめているのだ。
それを不審に思った瞬間。
「どういうことだ? あれは想定していない」
フィノよりも困惑した様子でプロト・マグナはひとりごちた。
彼にとってこの状況は本当に予期していない異常事態なのだろう。呆然としていて、最早フィノの事など眼中に無い。
「奴が干渉器を作ったというのか? だがあれは私と違ってそこまでの興味は抱かない。それに奴の目的とは根本的に相容れないもの。ならば、偶然それに行き着いたと考えるのが自然か」
ブツブツと独り言を喋りだしたプロト・マグナは、明らかに不自然だった。
今までの彼とは何かが違う。たったいま対峙したばかりのフィノでさえこう感じるのだ。違和感は明確なもので、まるで彼の中身がまるっと変わってしまったような感覚だ。
それにフィノが警戒を強めたところで、やっとプロト・マグナはフィノへと向き直る。
「仮説を実証するには情報が足りない。あれについて、知っていることは全て話してもらう」
「それは、ヨエルを助けた後じゃダメ?」
「魔王の存在は私にとって何よりも優先すべきもの。お前が譲渡してくれるのならば助力も考えよう」
彼は交換条件を出してきた。
ここでフィノを見逃す代わりにヨエルを助けられたら自分に寄越せというのだ。もちろんそんな提案などのめる訳がない。
「そんなこと、出来るわけない!」
「ならば交渉決裂だ」
フィノの意思を確認した彼は先ほどと同様に構えを取る。直後――繰り出した拳はまっすぐにフィノ目掛けて飛んでくる。
しかし、それは突然軌道を逸らしてヘドロ溜まりの地面を穿ち、粉々に砕いた。
奇妙な事態にフィノは理解が及ばない。けれど一番困惑しているのは当の本人だ。
唐突に身体の主導権を奪われたような動きをしたことに、フィノは何か得体の知れないものを感じて、一歩飛び退く。
プロト・マグナはフィノの行動には目もくれず、ゆっくりと立ち上がると――
「これ以上の我儘は聞き入れられない。ここからは私が行こう」
まるで息をするかのように開いた口は、笑っているようにも見えた。




