死屍累々
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雨が止んだ後、プロト・マグナの案内に従い一行はスタール雨林の中央に位置する大穴へと向かう。
デンベルクの密偵である男はぶつくさと文句を零しながらヨエルの後ろを着いてきていた。この状況でもまだ諦めていないのだ。おそらく隙を見て連れ去ろうとしているのは、マモンには筒抜けである。
もちろんそれを許すはずもない。
後ろを警戒しながら、マモンはヨエルの足元を着いていく。
各々が違う思惑の中で動いている。
奇妙な状況だが、これが一番安全だ。あとはフィノが追いついてくれれば良いが……彼女がどこまで来ているのか、マモンには測れない。
こちらから探しに行くにしてもヨエルを一人にするわけには行かず、今のマモンは板挟みの状態だ。
そんな中、ヨエルは何の警戒心も持たずに雨林の中を進んでいた。
自分を攫った人物に対して怖がるでもなく、正体不明の人物に物怖じせずに話しかける。少し前までの気弱だった少年とは大違いだ。
長年見守ってきたマモンは、この変化に喜ぶべきか……神妙な面持ちでヨエルを見上げていると、ふとあることが気になった。
『……そういえば』
――なぜヨエルは、父親に会いたいなどと言い出したのだろう?
普段から両親の存在については気に留めていなかったはずだ。自分から話し出すこともなければ、ましてや会いたいなどと言い出すこともない。
顔も知らない、記憶も無い相手なら当然と言える。
もちろん思う所はあったはずだ。それでも誰の前でもヨエルはその事について、興味を示さなかった。
『ヨエルよ』
「なに?」
『己が眠っている間に何かあったのか?』
聞くとヨエルは少しだけ考える素振りをした。
「うん。でもマモンには教えない!」
『なっ、なぜだ!?』
「マモンはぼくのこと、守ってくれる。でもそれだと本当のこといってくれない。だから……自分で確かめたいんだ」
『……何の話をしているのだ?』
ヨエルの思いもよらない発言にマモンはますます困惑した。
しかし何があったのか聞いても彼は答えてはくれない。原因は不明だが、何かしらあったことは確実だ。
マモンがヨエルと揉めていると、前を行くプロト・マグナの足が止まった。
「ここだ」
彼が見上げたのは古びた祠。どうやら目的地に着いてしまったようだ。
けれどどうにも様子がおかしい。
祠の周囲には微かに血生臭さが漂い、誰のものかわからない血痕が点々と散っている。剣などの武器の類いも落ちていて、ここで激しい戦闘があったことを仄めかしていた。
『これは……酷い有様だ』
所感を述べるマモン。
これにはヨエルも驚いたようで、別段驚きもしていないプロト・マグナの腕を掴んで引き止めた。
「ねえ、これなに?」
「侵入者を排除した。それの残骸だ」
事も無げに言ってみせるが、これが異常であることなど誰の目で見ても明らかだ。
どうやらヨエルを攫った男の証言は正しいらしい。この場所で両陣営の衝突があり、そこに第三勢力であるプロト・マグナが加わったことで戦況は更に渾沌を極めた。
戦場になっているはずのスタール雨林で誰にも遭遇しないのはそれが原因だ。一時休戦しているというのは真実とみていいだろう。
しかし何よりも恐ろしいと思えることは、この状況を作り出したのが目の前のプロト・マグナだということだ。
彼は侵入者に容赦はしない。今はこうして協力的であるが、一度敵対者だと認識されたらば、問答無用で排除にかかるだろう。
マモンでも苦戦したのだ。並大抵の人物では太刀打ち出来ない。現にヨエルの後ろを着いてきている男だって何も出来ずにひたすらに隙を窺っている。
敵にすると厄介な相手だというのは考えずともわかることだ。
更に警戒を深めていると、プロト・マグナは無遠慮に祠の石扉に手を掛けた。
それを開くや否や、開かれた隙間から無数の黒い腕が現われて彼の身体を掴む。
「ひっ!」
ヨエルが一歩後ずさったのと、身体を掴まれたプロト・マグナが祠の内部に引きずり込まれたのは同時。
しかし当の本人はこれといって、この状況を気にする素振りは見られない。
叫び声も物音も聞こえない。それを不審に思った男はヨエルを追い抜いて石扉を開くと中を覗いた。
「ありゃあ……不死人か? よくもまあこんなに居るもんだ。驚いたよ」
祠の内部は凄惨を極めていた。
地面は瘴気のヘドロで埋め尽くされ、至るところに兵士が転がっている。それらの一部が瘴気の影響で不死人として起き上がったのだ。
今までに遭遇したことのない事象にマモンは困惑する。
通常、瘴気に冒されても不死者となるにはそれなりの年月を要するものだ。それがこんな短時間で変異するというのは聞いたことがない。
これもまた高濃度の瘴気の影響か……とはいえ、生身の生物であればあれに群がられた時点でおしまいなのだが、プロト・マグナはどこ吹く風であしらっている。
脆い不死人の身体をちぎっては投げちぎっては投げ。宙を舞い落ちてくる。奇妙な光景に目を奪われていると死角から不死人が飛び出してきた。
「うわっ」
それはヨエル目掛けて飛び掛かってきたが、思い切り顔面を殴られて地面に倒れ伏す。
ヨエルを救ったのは、この状況を静観していた男だった。
「ありがと……」
「ちっ、面倒だな……さっさとこんな場所から逃げ出したいが、アイツに感づかれて返り討ちにされたら目も当てられない……さて、どうするか」
男はヨエルに目もくれず、どうにかしてここから逃げ果せる手段を考えていた。
しかしそれを邪魔する存在であるプロト・マグナを警戒している。彼がいる限りヨエルを攫って離脱することは不可能なのだ。
現状に足踏みをしていると、彼は祠の天蓋――外から中を覗く人影に気づいて、微かな笑みを浮かべた。




