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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第八章
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愛情の是非を問う

 

 ヨエルの反応を見て、男は面白く無さそうに笑みを引くとゆっくりと近付いてくる。

 何か酷いことをされるのかと身構えていると、男はヨエルには何もせずに話を再開した。


「そうか、これじゃなかったか」


 呟いた言葉が何を指しているのか。ヨエルには理解出来なかった。

 怪訝そうに男を見上げていると、彼はふとあることを話し出す。


「お前はどうして自分がこんな境遇にいるのか。知っているか?」

「……なんのこと?」


 男の質問の意図が掴めず、ヨエルは眉を寄せる。難しい顔をしていると、


「魔王っていうのは代々継承されていくものだ。以前はそれを円滑に進めるための仕組みがあった。だから、本来ならお前はこんな目に遭わなくても良かったんだ」

「べつに、おじさんなんてこわくないよ」

「ああ、そういう意味で言ったんじゃない」


 こうして酷い目に遭っていることを言っているんじゃないと、男は否定する。

 話が理解出来ていないヨエルに、彼は魔王がどういうものかを説明してくれた。


「――つまり、魔王の器になったやつは世界のために死ななきゃならない。それがこんな子供だなんて、とっても可哀想だと思うよ」


 男はヨエルに憐れみを向ける。

 けれど、今のヨエルにはそんな言葉は届かなかった。初めて知った事実に何を想って、どう答えたらいいのか。何もわからないのだ。


 絶句したままのヨエルに、男は先ほどと同じ質問をする。


「どうしてこうなったと思う?」

「わ、わかんない……」


 消え入りそうな声で答えると、男は満足げな笑みを浮かべた。


「先代の魔王……つまり今のお前と同じ境遇の奴が、まだ産まれて間もないお前に魔王を譲渡したからだ。おかげで何年も魔王の行方はわからず終い。俺も居所を探るのに苦労したよ。よりによってこんな子供だなんて……まともじゃないだろ? 可哀想になあ、それがお前の父親だよ」


 思ってもみない発言に、ヨエルは驚きよりも呆然としていた。

 目を瞬かせて、なんとか理解しようと試みる。けれど、本当にいきなりだったのだ。まさかここで、もういない父親について言われるとは思ってもいなかった。


 心の奥底では動揺もしているし、驚いてもいる。けれど、どうにかして否定したいとも思っている。

 もしかしたら今のはすべて男の作り話で、そんな事実など一つもなかった。そうであってくれと望まずにはいられない。


 だって、もしこれが本当だったら――


「魔王の器になるってことは、死ねって言っているようなものだ。お前の父親はお前のことなんてどうでもよかったんだよ。そうじゃなきゃ、こんなことしないだろ?」


 心の内を見透かしたように、男はヨエルにすべてを告げる。

 目を逸らしたかった真実。聞きたくもない言葉。

 顔も知らない父親だけど、親に愛されていない事を知って傷つかない子供なんていない。


 エルリレオやマモン、フィノに父親のことを尋ねたことは幾度かあった。誰も彼も思い出を語る中、彼らの記憶の中にあるヨエルの父はとても優しい人だった。


 だから信じられない。信じたくはない。けれど、事実は何よりも残酷なのだ。



 気づけば涙が頬を伝っていた。

 嗚咽もなく静かに泣いていると、頭上から声が降ってくる。


「泣くほど辛いか? まあ、気の毒だとは思うよ。でもこうなったのも全部、お前の父親のせいだ。だから、恨むならそいつを恨むんだな」


 勝手にベラベラと喋り終えた男は、声も無く静かになったヨエルを抱えて馬に跨がる。

 抵抗したいが今のヨエルにはそんな気力はなかった。されるがままのヨエルを見て、男は笑みを浮かべる。


「大人しくしてくれて助かったよ。ああ、それと一応言っておくが……俺はこの子に手をあげたわけじゃないから余計な事はするなよ。……って、魔王に言っても聞いてるかわからないな」


 独り言を零して、男は馬を走らせる。

 それに少しのあいだ揺られていると突然、頭の中で声が響いた。


『――ヨエル、無事か!?』


 聞き慣れた声は開口一番、ヨエルの身を案じてくれた。

 頭の中に声が響いてくるというのはなんとも不思議な感覚だ。けれどマモンはよほど焦っているのだろう。いつもの余裕が見られない。


「……マモン?」


 か細い声で返答する。

 ヨエルの声は駆けている馬の蹄音でかき消されて男には聞こえていないようだ。

 けれどマモンにはしっかりと届いているみたいで、声が返ってきたことにマモンはほっと嘆息した。


『遅くなってすまない。今しがたフィノに会った。すぐに助けに来てくれる。もう少しの辛抱だ』

「そうなんだ……」


 嬉しいことのはずなのに、ヨエルの反応は思ったよりも小さい。そのことにマモンは奇妙に思う。

 異変に気づいたマモンは、少しの間を置いてヨエルに尋ねた。


『どうしたのだ? 何かあったのか!? まさか、奴に何かされて――』

「ちがうよ、だいじょうぶ」


 そう言うものの、明らかに様子がおかしい。

 本来ならば傍に居てしっかりと話を聞いてあげたい所だが、そうもいかない。こんな状況で、無力な自分がとても情けなく思えた。


『そうか、わかった』


 結局、マモンはヨエルの言葉を信じることしか出来ないのだ。


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