烏合の衆
周囲に気を配りながら鋭い視線を向けると、ゴロツキの一人は苦笑を浮かべた。
「そんなに警戒しないでくれよ。別に酷いことしようってわけじゃねえんだ」
「……こんなに囲まれて、それは信じられない」
今にも襲いかかってきそうな状況でこれを素直に信じるのはよほどの世間知らずか馬鹿だけだ。
もちろんフィノはそれのどちらでもない。そして彼らもそれを理解している。
「ははっ、そりゃあそうだ。お前が大人しくしてくれれば、手荒にいく必要もねえよなあ」
ご高説をチンタラ語っている男たちから少し意識を逸らして、フィノはこの状況について考えを巡らす。
そもそも彼らはどうしてこんなことをするのか。
ちょっと脅せば簡単に言うことを聞いてくれると思ったから? それとも、ただ単純に目についたから?
どちらも確信を突いているようには思えない。
なによりも一人に対してこんなに大人数で相手をする必要があるのか。そこが一番の疑問点だ。
尾行をして、その先で待ち伏せ。ゴロツキには似合わない計画性。
こんなことをするくらいだ。彼らには何か目的があって、こうしてフィノに絡んでいる。
「それで、何の用?」
「……はあ?」
それを踏まえて問い質すと、ゴロツキは呆けた表情を見せた。
フィノがあまりにも落ち着きを払っているからか。絡んできたのはそっちなのに、どうにも雲行きが怪しい。
「ず、ずいぶんと威勢が良いじゃねえか」
「何も無いなら邪魔しないで。急いでる」
ここでこんな奴の相手をしている暇は無いのだ。
苛立つフィノの様子を見て、それでも彼らは引き下がらなかった。
「それで俺たちがわかりましたって言うとでも思ってるのか?」
「邪魔するなら、ボコボコにする」
容赦しないと念を押すと、男たちはざわめき出した。この場を仕切っていたリーダー格の男も、何やら隣の仲間とコソコソと密談をしている。
なんだか煮え切らない状況に、フィノは小さく溜息を吐いた。
彼らの行動原理がまったく掴めないのだ。
囲んで襲ってくるかと思えば無駄話ばかり。こちらから嗾けてみれば尻込みしてばかりで向かってこない。
まるでゴロツキとは名ばかりの、もどきである。
しばらくすると、ゴロツキ共の頭目がゴホンと咳払いをした。
「しっ、しかたねえ。ここで逃げられちゃかなわねえ。お前ら、遠慮無くやっていいぜ!」
男の号令に周囲のゴロツキたちは色めき立った。
叫び声を上げて、各々手に武器を携える。剣や斧、ナイフ。どれも人を害するには充分すぎる凶器だ。
それを手に襲ってくるのならば、もはや言い訳もきかず弁明も意味を成さない。
「うおらああああ!!」
背後からナイフ片手に襲いかかってきた男の一撃を難なく避けると、男の足を引っかけて転ばせる。
すると転んだ拍子に取り落としたナイフが床に跳ねて、切っ先が別の男の脚を刺した。
「いってええ!!」
「ぐっ、お前やりやがったな!」
「……何もやってないけど」
口々にこちらへと向けられる罵倒を聞きながら、フィノは酷く困惑した。
この状況と彼らの存在が釣り合っていないのだ。
――叫びながら背後から襲ってくる。
――転ばされてすぐに起き上がりもしない。
――簡単に武器を手放す。
――周囲の状況に瞬時に対応出来ずに無駄な怪我を負う。
どれもこれも素人の戦い方である。
少なくとも、暴力で相手を屈服させるやり方に、彼らは慣れていないように見えた。
まるで何の役にもたたない烏合の衆の寄せ集めだ。
その烏合らが、どういうわけかフィノに目星をつけて襲ってきている。明らかに何か他の意図がある。
いよいよそれを察したフィノは、頭目の男に詰め寄った。
「怪我したくなかったら、なんでこんなことするか。話して」
「うっ……そ、それで俺が口を割ると思ってるのか?」
「ううん、思ってない」
同意すると男は調子よく笑みを深めた。けれどそれは、フィノが発した続きの言葉を聞いて、すぐに消え去る。
「だから、少し痛い目にあってもらわなきゃいけない」
「あっ、お――」
「腕か脚、選ばせてあげるから、好きな方選んで」
フィノの容赦の無い脅し文句を聞いて、男は酷く狼狽えた。他の仲間たちも微動だにしない。
それを正面から見据えて是非を問うと、答えの代わりに男は焦ったように叫び声を上げる。
「なっ、なにぼさっと見てんだ! さっさとコイツをやらねえか!」
男の激昂に、周囲の仲間はみな顔を合わせる。
「そんなこと言ったって、なあ?」
「俺らはただの雇われだし、まだ死にたくねえよ」
「ほ、ほら。未遂ってことで見逃してくれるかもしれない」
団結力の無さが顕著である彼らは、もはや戦意を喪失しているらしい。
自然とフィノを囲んでいたのが距離をとってしまっている有様。こうなってしまえば、頭目の意見など右から左である。
しかしそのおかげで退路が開けた。
このままここから逃げ出しても誰も追いかけては来ないだろう。しかし、彼らの襲撃には疑問がまだ残っている。それを放置するわけにはいかない。
「それで、どうする?」
「わ――っ、わかった! はなす! 話すから、許してくれよ!」
再び問うと、男は観念したかのようにフィノに頭を下げた。なんとも情けない体たらくだが、余計な見栄を張って愚かな選択をしなかっただけこの男は賢い。
地面に正座した男は、これまでの経緯を語り始めた。
「お、俺らは雇われただけだ。アンタを足止めして時間稼ぎしろって。そりゃあ、あんな大金詰まれりゃあ、断る理由なんてねえよ」
男は懐から金の入った袋を取り出して弁明した。
まるで反省していない様子はこの際おいといて、フィノは更に子細を尋ねる。
「その依頼したの、どんな人だった?」
「顔は隠してたから見てねえよ。でも、そうだな……たぶんこの国の人間じゃねえと思うぜ。やけにここいらの地理に疎かった。旅慣れてそうだったけど、あれは旅人って感じじゃねえな」
男の話では、その依頼主はここからスタール雨林へのルートをしきりに聞いてきたのだという。
どこを通れば最短距離で向かえるか。人目に付かないようにするには、どの時間帯がベストか。
それを何度も聞かれたため、男は依頼主をそう判断したのだ。
「最初は国境を越えるために情報集めしてるのかと思ったんだ。でもそんな奴がわざわざこんなこと依頼してこねえだろ?」
「うん、そうだね」
「だからよう、きっとアイツは他人に言えねえ訳あり野郎か、敵国の密偵だと俺は睨んでるね」
普通なら冗談だと思われる物言いだが……もしデンベルクの密偵ならば有り得る話である。
見えない敵の目的が何なのか。不明ではあるが、何にしてもフィノが単独行動を開始した所を狙って仕掛けてきたのだ。
「……そういえば、どうして時間稼ぎしろ、なんて言われたの?」
「なんでもやることがあって、それの邪魔をされたら困る、みたいなこと言ってたぜ」
「邪魔?」
男の情報を元に、フィノは敵の正体を見定める。
少なくとも、こんな事を仕組む者がただの旅人のわけがない。何らかの目的を持っていて、それの達成のために彼らを使ったのだ。
だとしたら……心当たりは一つしか無い。
「ヨエルの所に戻らなきゃ」
瞬時に理解したフィノは男たちには目もくれず、来た道を戻っていく。
何も無ければそれでいい。だけど、嫌な予感がしてならないのだ。
――薄闇に包まれていた街はいつの間にか、朝陽に輝いていた。




