朝靄に紛れる
加筆修正しました。
――翌日。
早朝に目覚めたフィノは手早く準備を済ませると、まだ眠っているヨエルを起こしにかかる。
「ヨエル、起きて」
「ううーん……なに?」
身体を揺すると、ヨエルは眠そうに目を擦りながら顔を毛布から出す。そうして、フィノの旅支度を済ませた格好を見つめて目を円くした。
「フィノ、もういっちゃうの?」
「うん。移動の時間もあるから。今出るとちょうどいい時間に着ける」
メルテルの街からスタール雨林までは二時間ほどで辿り着ける。それほど離れているわけではなく、それ故に早く済ませて帰って来ようという魂胆なのだ。
しかし、そんなフィノの想いなどヨエルには関係ないようで、眠気に勝てない少年は寝惚けたままベッドから起き上がろうともしない。
「うん……気をつけてね」
でかい欠伸を零しながらヨエルはそれだけを言うと、毛布を頭から被って再び夢の中に旅立って行った。
まだ陽も昇りきっていない時間帯であるし、仕方ないことだとはわかっているけれど……出発の見送りがあれだけというのはなんだか寂しい。
とはいえ、ヨエルがこんなに落ち着いているのはこの間とは状況が違うからだ。
どれだけ時間が掛かっても今日中には帰って来られる。ヨエルにはそう伝えてあるし、フィノもそのつもりだ。だからこそ、こうして余計な不安を抱えずに留守番が出来る。これに不満だ何だと文句を言うのは贅沢というものだ。
「マモンもヨエルのこと、おねがい」
『了解した。安心して努めを果たしてくると良い』
「うん。いってきます」
枕元で丸まっていたマモンに小声で言葉を交わすと、フィノは足音を立てずに部屋を出た。
===
まだ薄暗い街中は静寂に包まれている。
道行く人もまばらな大通りを、フィノは街の出口へと向かって進む。そうしていると、明らかな違和感を覚えて、フィノは足を止めた。
「これ……」
呟いて、背後を振り返る。
確認しても誰もいない。それでも、どこからか見られているような視線を感じるのだ。もしかしたらマモンが前に言っていたものと同じものかもしれない。
どこから見られているのかは不明だが、確かに誰かがこちらを監視している。
そう考えたフィノは、先ほどよりも歩調を早めた。それはやがて駆け足になって、静かな大通りをひとり駆けていく。
すると瞬間、誰かが背後からつけてくる気配を感じた。明確な気配は足音が証明している。確実に何者かがフィノの後ろから迫っているのだ。
相手にするのも面倒だと考えたフィノは、つけてくる連中を巻こうと路地に入ることにした。
背後を気にしながら振り切るように路地に潜り込んだフィノは、直後足を止めた。
そこにはまるで、フィノを待ち伏せていたかのように数名のゴロツキが行く手を塞いでいたのだ。
「……っ、なに?」
警戒はそのままに、目の前の男たちから目を逸らすこと無く、フィノは今の状況を分析する。
あのように背後から尾行して、こうして罠に嵌めたということは少なくとも彼らの行動には計画性がある。つまり……何か目的があってこの状況に持ち込んだのだ。
「よお、ねえちゃん。俺らに少し付き合ってくれよ」
ゴロツキの一人が下卑た笑みを浮かべて口を開く。
それを無視しながらフィノは背後を振り返る。言わずもがな、退路は塞がれている。突破しようにも、流石に十人もの烏合の相手をするにはフィノでも苦労する。それに簡単には逃がしてくれなさそうだ。




