突然の訪問者
帝都を発つ前に、旅の準備を済ませるために一日王城に滞在する事にした。
といっても忙しいのはフィノだけだ。荷物を殆ど無くしてしまったし、新調したい装備もある。
ヨエルと一緒に店をまわって必要なものを手に入れて、夕刻。王城に戻ってくると、貸してもらっている客室にアリアンネが訪ねてきた。
「少しいいですか?」
「んぅ、どうしたの?」
部屋の境界線に立って、アリアンネはフィノへと一言声を掛ける。どうやらあることをフィノに伝え忘れていたのだそう。
明日出発することはアリアンネには伝えてあった。今しがた物資の調達から戻ってきたので、それを見計らってこうして訪ねてきてくれたのだ。
「貴女の耳に入れておきたいことがあって……あまり良い話ではないのですけど」
「うん。お茶飲みながら話そう」
ちょうどフィノも少し休みたかったところだ。
ヨエルはまだ体力が余っているのか。明日の荷造りをベッドの上でマモンと一緒にしている。
ここ数日、マモンはヨエルが眠る前に実体化して彼のおしゃべりに付き合っているのだ。ヨエルもそれが嬉しいのか。今日あったことを楽しそうに話して聞かせる。マモンはそれを黙って聞いて、ヨエルが眠った後また消えてしまう。
マモンの中で何かしらの心境の変化があったのだろう。彼も無理の無い範囲でしてくれていることだから、フィノはそれを傍で見守っているだけ。
そういうわけで、マモンはいま絶賛ヨエルの相手をしているのだ。今日は買い物して、ご飯を食べてと一日の出来事を嬉々として話すヨエルに頷きながら相づちを打っている。
そんな中、いきなりアリアンネが訪ねてきた。しかも部屋に入って何やら込み入った話をする。となれば、当然マモンの心境も穏やかとはいかない。
「――それでね……どうしたの?」
『い、いや。なんでもないよ』
慌てて何も無いと否定するマモンに、ヨエルは不思議そうな顔をした。
来訪者のアリアンネを見て、それからマモンを再度見つめて無遠慮に尋ねてくる。
「マモン、おねえちゃんのこと嫌いなの?」
『きっ、きらい……ということは、ないが』
「ふぅん」
『あまり仲が良くないのだ』
しどろもどろになって答えたマモンの回答に、ヨエルの疑問は尽きない。
「なんで? けんかした?」
『まあ、そんなところだ』
「そうなんだ。ちゃんと仲直りしなきゃダメだよ」
何も知らないヨエルは勝手な事を言う。子供ゆえの無垢さにマモンはどうするべきか。何と答えるか悩んでいると、
「ぼくはマモンは悪い事してないって知ってるから。マモンが言えないなら、僕が言ってあげる」
『……ありがとう』
「でも……あのおねえちゃん少し怖いからいやだなあ。フィノに頼んでもいいかな」
宣言した傍から決意が揺らいでいるヨエルを見て、マモンは気持ちが軽くなった。
十年前のあの時以来、マモンはアリアンネと極力関わらないようにしてきた。フィノにも、彼女の近況を聞きもせず興味の無いふりをした。自分が関わった所で何にもならないと知っていたからだ。
アリアンネにとっても、マモンの存在は害にしかならない。彼女はマモンに消えて欲しいのだ。そう願っている存在に身の上を心配されるなど、滑稽でしかない。
だからこそ、ヨエルの気遣いは嬉しいが、マモンはこれ以上アリアンネに関わらないつもりだった。今だって何とかしようと画策しているヨエルを宥めようとしていた。
けれどそんな努力も虚しく張り切ったヨエルは意気込むと、マモンを抱きかかえてベッドから飛び降りていく。




