仲直りの時間
扉を開けて現われたのは、ヨエルの探し人であるフィノだった。
心なしか疲れた顔をしていた彼女は、室内に目を向けるやいなや、驚きに目を見開く。
「えっ、ヨエル!? なんでここに――わっ!」
その姿を目にした瞬間、ヨエルはフィノに抱きついていた。
突然の事に、驚きっぱなしで何が何やらわからないフィノは、どうしていいか狼狽えたまま。
取りあえずヨエルから目を離して、部屋にいたもう一人の人物――ルフレオンに助けを求める。すると彼は、ここまでの経緯を語ってくれた。
「――ええっ!? 帝都からここまで来たの!?」
「うん」
「おっ、……大人しく待ってて、っていったのに」
「だ、だって……ぼく、フィノにひどいこと言っちゃったから」
ヨエルはフィノに謝りたかったのだ、と言った。
でも、そんなことはフィノが戻ってからでも出来る事だ。言いつけを破って良い理由にはならない。でもヨエルの気持ちも、フィノには充分に理解出来た。
彼は知らない場所で独りきりになって、不安だったのだ。フィノとは最悪の別れ方をして、マモンも眠ったまま起きない。
人見知りで家出もするけれど、ヨエルはちゃんと物事の善悪の区別はつけられる。彼だって、フィノを追いかけるという決断が良くないことだと知っていたはずだ。
それでもこうしてここまで来たのは、それだけ不安で心細かったからに他ならない。
そんな彼を、頭ごなしに叱るべきではない。そもそも、ヨエルがこんな無茶をした原因を作ったのは、半分はフィノのせいでもあるのだ。
抱きついてきたヨエルを引き剥がすと、フィノはしゃがんで彼と目を合わせた。それから、言葉を選びながら諭すように
「私も、ヨエルとちゃんと話、しなかったのは……良くなかった。焦って大事なもの、置き去りにしちゃダメだよね」
「ぼくも、ごめんなさい」
安堵からか、泣きそうになりながらヨエルは謝ってくれた。それに優しく頭を撫でて、仲直りをする。
一段落したところで、フィノは改めてルフレオンにお礼を言った。
「ヨエルのこと、ありがとう」
「私もちょうどこの街に用事があったからね。気にしないでくれ。君も、彼女に会えて良かったね」
「うん。おじさん、ありがとう!」
ルフレオンは、笑顔が戻ったヨエルを見て我がことのように喜んでくれた。
それにしても、人見知りするヨエルがこんなに懐いているなんて驚きだ。これはひとえに、ルフレオンの人柄の良さが幸いしているのだろう。
彼も子供好きだというし、好かれる努力をした結果……フィノが少しだけ嫉妬してしまうくらいには、ヨエルに好かれている。
「そうだ。ルフレオンはどうしてこの街にきたの?」
「ああ、それはね……帝都からここに鍛冶師が来ていると聞いていて、彼に用があったからなんだ。でも、居場所がわからなくて」
フィノもその話ならば聞いたことがある。
確か帝都から呼び寄せた鍛冶師は、魔物による襲撃が解決したため、早朝に街を発って行ったと聞いた。
それを話すと、ルフレオンは誰が見てもわかるくらいに顔が青ざめる。
「そっ、そんな!? せっかくここまで来たのに……」
がっくりと肩を落としたルフレオンに、なんと声を掛けて良いかわからない。そんなフィノの横で、ヨエルが小声で囁く。
「おじさん、このまま帰ったら叱られちゃうんだって」
「叱られるって、ライエに?」
「うん、怒ると怖いっていってた」
かわいそう、と同情するヨエルに返す言葉もないのか。ルフレオンは沈黙したままだ。
「帝都に戻るって行ってたから……たぶん行き違いにはならないと思う、けど」
「そ、そうだね。取りあえず私はすぐに戻る事にするよ」
それだけを言い残して、ルフレオンは慌ただしく出て行った。
二人きりになったところで、そういえばとフィノはヨエルにあの事を尋ねる。
「マモンはまだ寝てる?」
「うん……ずっと眠ったままなんだ。このまま起きなかったらどうしよう」
今まで考えないようにしてきたのだろう。
途端にヨエルは不安を口にする。フィノもマモンの様子は気にはなるが……彼が死ぬことはないし、それほど心配しなくても良いはずだ。
でも、ヨエルはその事を知らない。どうやってそれを説明しようかと考えて、フィノは出来るだけ明るく振る舞う。
「マモンなら大丈夫」
「ほ、ほんとう?」
「あとでちゃんと起きるから、いまは放っておこう」
「う、うん……でも」
残念そうに声を落としたヨエルは、フィノに話してくれた。
ここに来る途中に、大きな噴水を見たこと。ヨエルはそれをマモンと一緒に見たかったらしい。
帰りにまた寄れたら見に行こうと思っていたのに、マモンが起きないならそれも叶えられない。
「マモンは哀しい事があって落ち込んでるんだ。そういう時はそっとしてあげないと。噴水ならまた今度見に行こう」
「……わかった」
落ち込むヨエルに、元気づけるようにフィノは言い聞かせた。それを聞いて、ヨエルは渋々だけど納得してくれたようだ。
それでも先ほどの元気はどこへやら。気分が沈んでしまった少年を元気づけるために、フィノはある提案をする。
「今日と明日は宴があるって言ってたよ」
「うん、しってる」
「私の用事も終わったから、戻るのは明後日にしよう」
宴に参加する旨を伝えると、ヨエルは目を輝かせた。
「それって、フィノもいっしょ?」
「もちろん!」
「じゃ、じゃあ……いろんなとこ行きたい!」
「いいよ。時間は沢山あるからね」
ヨエルは楽しそうに笑って、フィノの手を取るとぐいぐいと引っ張る。
フィノはそれに苦笑しながらされるがまま、今まで寂しい思いをさせてきたぶん、二人の時間を楽しむことにした。




