創造主の君
フィノの眼前にいるなにがしかは、ひどく上機嫌だった。
自らの領域に侵入した異物を排除するでもなく、一応話は聞いてやろうとしている。しかし、そこに一般的な常識や倫理観というものは欠けているらしい。
フィノと同じ目線に立ったそれは満足げに頷いたあと、フィノの隣にいたヴァルグワイを呼び寄せた。
何をするつもりかと成り行きを見守っていると、それは寄ってきたヴァルグワイを蹲らせて、その背中にゆったりと腰を下ろす。
「この姿で立っていると疲れる」
フィノを眼下に見据えて一言。
それについて、フィノが気にする必要は無いとはいえ……少しだけ心が痛む。でも今はそんなことを気にするよりも、やらなければならないことがあるのだ。
ここが大穴の底だというのならば、きっと目の前にいる超常的存在が四災というものの一つなのだろう。
「それで、お前はなぜここを目指してきた?」
「知りたいことがあって……四災っていうの、あなたのこと?」
「如何にも。その呼び名自体、不本意ではあるがな……まあ、いいだろう」
フィノの予想は当たっていた。本題はここからだ。
「じゃあ――」
「ああ、待て。その前にお前に聞いておくことがある」
尋ねようとした矢先、四災はフィノの言葉を遮って問いかけた。
彼の声音は穏やかで静謐を極めている。決して相手を畏怖させるような口調や声色ではないものの、奥底には得体の知れない怖気が見え隠れしている。
緊張に固唾を呑んだ瞬間に、四災は続く言葉を口にした。
「我らの邪魔をしたのはお前か?」
「……じゃま?」
突然そんなことを言われても、フィノには心当たりがない。
何のことだろうと思案していると、四災は椅子代わりにしているヴァルグワイを小突いて事の成り行きを話し出した。
「お前がここに辿り着く少し前。これが無様な姿になって戻ってきた。邪魔立てをされて逃げ帰ってきたそうだ。真に嘆かわしいことではあるが……しかし、それ以上の力をこいつには与えていない。だが、原因を野放しにしておくわけにはいくまい」
だから、元凶を排除するべきだと彼は考えた。その結論として、フィノに問うたのだ。
今の話を聞いて、彼が何のことを話しているのか。そこでやっと合点がいく。おそらく昨夜の襲撃の話を彼はしているのだ。
となれば、目の前に存在しているヴァルグワイと昨夜遭遇したヴァルグワイは同一の存在とみていいはずだ。
あの身体は変幻自在であるようだし、欠けても元通りに出来るのだろう。
そこまで考えて……この展開は非常にマズいとフィノは察した。
返答次第では四災の機嫌を損ねてしまいかねない。もしそうならなくても、馬鹿正直に話してしまえば今後の交渉に支障をきたす可能性もある。
慎重になっているフィノの脳裏に、ふとある疑問が浮かんだ。
「その子の話してること、わかるの?」
理解不能な言語を話しているであろうヴァルグワイの言葉を解読出来るならば、直接事情を聞けばこうした犯人捜しをしなくてもいいはずだ。
ヴァルグワイとフィノは一度、森の中で相対しているのだし彼が一言報告したのならば一発でアウトである。
戦々恐々としていると、フィノの心配を余所に四災はあっけらかんとしてかぶりを振った。
「いいや、こいつが何を話しているのかは我らには一つも理解出来ない」
「ッッシィイアア!?」
四災の一言に、ヴァルグワイは顔を上げて主人の姿を見上げた。
今の反応をみるに、フィノであっても彼が今なにを言ったのかわかるような気がする。胸中で同情しながらも、そういうことならばなんとかなるかもしれない。
とはいえ、焦りは禁物だ。まずはできる限り情報を引き出していく。
「……じゃまって、何をしてたの?」
「我らの活動領域の拡大。地上にも露出しているはずだ」
四災の言っているものが、森の地面を覆っていた根であるとフィノは確信した。あれ以外に変わった所はないし、何よりも不自然である。
「この根の範囲外では我らは活動できない。だから、より領域を広げる必要があるのだ。しかしこれは生物に寄生してその死骸を使って繁殖していくもの。苗床がなければ停滞してしまう。口惜しいことであるが、今の我らにはこれが精一杯だ」
面白くなさそうに文句を言う四災の証言に、フィノはハッとする。
「だっ、だから街を襲ってたってこと!?」
「そうだが……何か問題でもあるのか?」
「そっ、そんなの」
「ヒトとその他の命に違いなどない。指先ほどの羽虫の命も、お前の命も平等だ。そこに差異をつけるのは傲慢というもの」
微かに声音を落として、彼は続ける。
「半端者とはいえ、森人であるならば周知のことだろう。それを……嗚呼、嘆かわしいことだ」
頭を振って、四災はフィノに落胆している様子である。
今の言動は至極まともであった。まるで、エルリレオと同じことを言うのだ。彼はエルフの中でも古い考え方を持っていたから、こういった啓蒙をよくしてくれた。
奇妙な既視感を覚えていると、
「だが、お前たちは既に我らの手から離れてしまったもの。今更ではある」
どうしてか、四災は少しだけ悲しそうにひとりごちた。




