謎が謎を呼ぶ
何がなんだかわからないまま、フィノはとりあえず街へと戻ることにした。
ヴァルグワイの核を追いかけるにしても大穴に落ちていってしまったし、これ以上フィノに出来る事は無い。
「ご、ご無事でしたか!」
「うん、大丈夫」
街へと戻ると、兵士長がまっさきに駆けつけてくれた。
彼の話ではフィノが戻ってくる数分前に、魔物による襲撃がぴたりとやんだとのこと。彼はこの現象を、ヴァルグワイが討たれたからだと予想していたみたいで、それの真意をフィノへと尋ねる。
「で、では……本当に奴を討伐出来たのですか!?」
「うん……たぶん。でも数日は様子見したほうが――」
自信なさげなフィノの言動を置き去りにして、兵士長は感極まった様子でフィノの手を取ってぎゅうっと握りしめた。
「ああっ、なんとお礼を申し上げたらいいか……っ、本当にありがとうございました!」
「えっ、……わ、私はなにもしてないよ」
「下手な謙遜はやめてください! 貴女のおかげでこの街は救われたのです!」
本当の事を述べているというのに、兵士長は取り合ってくれない。
実際に魔物の襲撃はやんでいて結果が出ているのだ。疑う余地はないのだろう。しかし、フィノの中では不安が募っていくばかりである。
「そっ、そういえば……街を襲ってた魔物、どうなったの?」
「ああ、それならば跡形もなく消えてしまいましたよ。いつもは夜明けを迎えるまで攻防を強いられていたのですが、ヴァルグワイを倒してくれたおかげでしょう」
「……消えた?」
兵士長は不可解な事を言い出した。
なんでも街を襲う魔物……シャドウハウンドやシャドウファントムらは、光源を使って影の中からあぶり出したのち、倒すと死骸を残さず消えてしまうらしい。
それを聞いた瞬間、明確な違和感にフィノは眉を寄せた。
シャドウハウンドならば、以前フィノも相手にしたことがある。あの時は自分の手で倒すなんてことは出来なかったけれど、ユルグが相手にしていたシャドウハウンドは倒されると実体のある死骸になっていた。
迷いの森でユルグに助けられた時だって、その時に倒したシャドウハウンドの肉を焼いて食べたのだ。これだけは間違えようがない!
しかし、兵士長が嘘を吐いているようには思えない。
どうにも気になったフィノは、安心しきって喜んでいる兵士長を放置して、魔物を食い止めていた外壁の傍を調査することにした。
深夜をまわり、あと数時間もすれば夜があける。
とはいえ、まだ薄暗い外をカンテラの明かりだけで探っていく。
フィノが抱く懸念事項は、ヴァルグワイの不可解な行動とその行方。それに尽きる。
あの魔物は徹底して交戦する様子を見せなかった。フィノの攻撃を防御したり、逃げたり……まるで敵意を感じなかったのだ。
だったらヴァルグワイはあの森で何をしていたのか。この襲撃を仕組んだのがあの魔物の仕業ならば、街を滅ぼすことが目的ではない。もっと別の意図があったのではないか?
しかしそれを確かめることは今のフィノには難しい。
事件は既に解決に近付いている。兵士たちに話を聞いても有力な情報は得られそうもない。残った手掛かりといえば、先ほどの襲撃の残骸くらいだ。
「あっ、……これかな?」
注意深く探っていると、地面が不自然なほどに黒く変色している箇所を見つけた。
兵士長は倒すと消えてしまうと言っていたし、この痕跡が魔物を倒した証だろう。
カンテラの光を近づけて、まじまじと観察してみるけれど黒いシミということ以外、特筆すべき異変は見当たらない。
それでも注意深く目を凝らしていると、フィノはあることに気づいてしまった。
「んぅ、これって……」
地面のシミが点々と繋がって、まるで道のようになっている一点がある。その終着点をずぅっと目で追っていくと、辿り着いたのはエストの森の入り口。
まるで、何かをここまで誘うかのように通り道が出来ている。
一瞬、浮かんだ考えにフィノは是非もなく黙り込んだ。
「ううん、……わかりそうでわからない」
情報は集まってきているけれど、それを繋ぎ合わせるまでいかないのだ。もっともフィノの取り越し苦労ならばそれでいい。
現状、不安は残るがこうして街への魔物の襲撃もおさまった。ヴァルグワイも倒した……とは言い難いけれど撤退させられた。目下の心配事は解決出来たとみていいだろう。
となれば、明日はやっと大穴の調査が出来るというわけだ。
先刻、確認した祠の内部の様子は酷いものだった。瘴気のヘドロが充満して生身では近付くことすらできない。けれど、フィノにはそれを可能にする方法があるのだ。
兵士長に言われた森への立ち入りの条件もクリア出来ている。
少し休憩を取って夜が明けたら、早速大穴の調査にいこう。




