ヴァルグワイ
フィノが向かう場所はヴァルグワイが潜んでいる森の中だ。
兵士長が言うには、ヴァルグワイは遭遇すればそれとわかる見た目をしているらしい。
ヒト型というならばそれこそ、人と見間違えてもおかしくはなさそうだけど……ここは彼の言葉を信じよう。
抜き身の剣を携えて、ひとり森の中を行くフィノだったが……そこでも微かな違和感を覚えた。
以前――といっても、十年も前の話になるが……この森を訪れた時はこんなにも禍々しく鬱蒼としてはいなかった。
魔物が増えたせいで手入れが行き届いていないと言われればそれまでだが、それにしたって随分な変わりようである。
足元なんか、植物の根なのか、蔦なのか。びっしりと地面を覆っている。気を抜くとそれに足を取られそうになるくらいだ。
この森の状態と襲撃に因果関係はないと思うけれど、胸騒ぎがしてならない。
いっそう剣を握る手に力を込めると、フィノは転ばないように注意深く森を行く。
ふと前を見据えたところで、奇妙な姿を見つけた。
それは、一言で言い表すなら……ヒト型の植物だった。
緑色の体躯を形成しているのは、ウネウネと蠢く根っこのような何か。おそらく地面を覆っている根と同様のものだろう。
それらが寄せ集まってああして身体を形作っているのならば、まだ話はわかる。けれど、あれは……兵士長の言葉通り、人と同程度の知能があるように思われるのだ。
目の前の怪物――ヴァルグワイは、背後に現われたフィノに気づいて振り返る。
全長二メートル程度……フィノを優に越す体躯を持つヴァルグワイの手元には、ある物が握られていた。
「あれ……」
怪物が手にしているのは、シャドウハウンドの死骸だった。ぐったりとしているそれは既に息絶えているのだろう。
しかしヴァルグワイはそれを悼んでいるようにはみえない。
「ッシィィーアァ?」
手元の死骸に気を取られていると、ヴァルグワイは鳴き声のような甲高い音を発した。言葉のようにも受け取れる。けれど、フィノには理解不能だ。
そして相対している怪物も、フィノと問答する気は無いらしい。
鳴き声を上げたと思ったら次の瞬間。
ヴァルグワイは手に持っていたハウンドの死骸を投げつけて、脱兎の如く駆け出した。
「うわっ!」
豪速で迫ってくる死骸をなんとか避けて、フィノはヴァルグワイを追いかける。けれどその前に、地面に落ちたハウンドの死骸が目に入って……そこにあるモノを目にしたフィノは、驚愕に足を止めていた。
「うっ、なにこれ……」
死骸の内側には、寄生するかのようにウネウネと蠢く根っこが、びっしりと張り巡らされている。
それだけならばまだいい。問題はその後だった。
地面に落ちているハウンドの死骸は、確かに死んでいるはず。それなのに、ゆっくりと動き出したのだ。
横たわっていた身体を起こすと、フィノには目もくれず森の外へと向かって歩き出す。ノロノロと重い足取りだが、それは確実に動いている。
一連の現象を目の当たりにして、フィノは絶句した。
死骸が動き出したというのが一番の衝撃だが、もしこれをあの怪物が意図的に作りだしたというのなら……これに何の意味があるのか。どうにも判然としないのだ。
そして、それをゆっくりと考えている暇も無い。
「とにかく、追いかけなきゃ」
今回は少し短いです。(o_ _)o




