作戦準備
作戦を兵士長へと話すと、彼は腕を組んで思案する。
「つまり、貴女がヴァルグワイの相手をしてくださると?」
「うん、そう」
「いえ、しかし……幾ら何でも余所者である貴女にそこまで世話になるわけにはいきません」
彼はフィノの提案に首を縦には振らなかった。
今までこの街を守ってきたことへの矜持もあるだろう。けれど、彼らも馬鹿ではない。現状では何も解決出来ないことも知っているのだ。
「何もしないで見てて、なんて言わない。私だけじゃ全部の相手は出来ない」
「我々は後方支援へまわれと言うことですか?」
「うん」
「ですが……」
再三の説得にも兵士長は渋っている。
そこでフィノは交渉の切り口を変えることにした。
「この街のことも心配だけど、私は別の目的でここに来たから。一番はそれだよ」
「ああ、あの大穴の調査ですね。確かに……現在、大穴の祠があるエストの森は魔物のせいもあって立ち入りを禁じています。入り口も閉じているので、この魔物の襲撃が収まらない限り解放は出来ないでしょう」
現在、エストの森は魔物の流出を抑えるために周囲を木壁で覆っている。入り口の門扉には常に兵士が二名在駐していて、魔物の動きを監視しているのだ。
そんな状況では大穴の調査など出来るわけがない。結局、フィノはこの街の問題に首を突っ込む羽目になるわけだ。
それに――アリアンネはきっとこうなることを見越していたはずだ。
皇帝である彼女がアンビルの街の状況を知らないわけがない。防戦一方な現状、それを打開する秘策が無い状況。
それを知っていて、フィノにあの話を振ったのだ。
「皇帝陛下からも、魔物をどうにかして欲しいって言われてる」
「そっ、そうでしたか……では、ここは貴女のお言葉に甘えさせてもらいましょう」
兵士長は観念してフィノの作戦に同意してくれた。
こんな回りくどい根回しをしなくても、アリアンネに頼むと言われたらフィノは彼女の願いを聞き入れるつもりだ。
しかし、彼女にとってフィノは未だに信用しきれる人物ではないらしい。その事実が悲しくもあるが……それでも、皇帝陛下の名前を出すと物事はすんなりと良い方向へ進んでくれる。
今はこれを受け入れるべきだとフィノは結論づけた。
それにフィノには関係改善のあれこれをする前にすべきことが山のようにあるのだ。ヨエルのこともそうだし、大穴の調査だってその内である。だから余計な事に目移りしている余裕はない。
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兵士長の話では、魔物の襲撃は二日に一度の頻度でやってくるらしい。
日が暮れた後、ヴァルグワイは魔物を引き連れて森の奥からやってくる。一応、森の入り口は門扉で閉じているが、奴らにはさして障害にはなりはしない。
軽々とそれを突破して、街へと襲撃してくるのだ。
しかし魔物を指揮しているヴァルグワイは前線へと出てくることはない。決まって魔物の群れの最奥で指揮を執り、劣勢になると出てくる。
そこを上手く突ければタイマンに持ち込めるかも、とフィノは考えた。
「私もそれが最善だと思います。こちらで気を引いている内に指揮官を叩く。戦のセオリーというものですね」
「それじゃあ、他の魔物は任せてもいい?」
「はい、お任せください」
兵士長はフィノの提案に快諾して、席を外した。今夜の襲撃に備えて、街を守る兵士に作戦を伝えるためだ。
その後ろ姿を見送って、フィノも詰め所を後にする。
日暮れまであと数時間。限られた時間の中での作戦。失敗は出来ない。
フィノは一度宿に戻って、今夜の作戦決行準備をすることにした。




