街の脅威
三日後、ヨエルとルフレオンがヴァレンの街に到着した頃。
フィノは目的地である虚ろの穴、その傍に位置するアンビルの街へと辿り着いた。
帝都で待たせているヨエルの為に、急いでここまで来たフィノだったが旅の疲れもある。万全の状態で挑むべきだと判断して、一日街で休息を取ることにした。
世話になる宿に向かうと、宿の店主はフィノを見て少し驚いたような素振りを見せた。
「あんた、街の外から来たのか? それも一人で?」
「うん、そうだよ」
「そりゃあ、剛気なことだねえ。最近はどこも物騒で一人旅なんて危なっかしくてやってらんないってのに。この街の近くなんて特にそうだ」
物憂げな表情をして、店主は続ける。
「旅の商人も怖がって近付かないし、ここに足を運んでくれるのは帝都から出る馬車便くらいなもんだよ。兵士の護送にも協力してくれているし……まあ、それは有り難いことだけどなあ」
そう言って、店主は深い溜息を吐いた。
あまりにも悲壮感漂う様子に、フィノは余計なことには首を突っ込まないと決めていたけれど、気づいたら尋ねていた。
「んぅ、どうしたの?」
「色々と支援はしてくれているけどね。何の解決にもなっていないんだ。街の守りを固める為に兵士を寄越してくれるけど、襲ってくる魔物は倒せない。いつも追い返すだけだ。正直言ってジリ貧だよ。兵士の数も、武具の数も有限……どんなに強い奴でも武器がなければ戦えないだろ? 帝都から腕の良い鍛冶師が来てくれたけど……焼け石に水さ」
何の解決にもなっていない、と店主は嘆く。
彼の不満は的を射たものだ。おそらくこの街の人々の思うところも一緒だろう。街を襲う魔物に対して、何の有効手段も持たずにそれを倒すこともできず、追い返すだけ。それを延々と繰り返すのだから、誰だって悲観するのは当たり前だ。
宿で部屋を取ったのち、フィノは少し街中を散策した。
宿の店主が言うように、どことなく街に活気がないように思われる。みんな暗い顔をしているし、兵士に至っては疲れ切っているように見えた。
この街の人々の不安は相当なものだろう。
街を捨てて出て行こうとしても、外は危険だし結局ここに留まるしかない。かろうじて魔物を撃退はできているがそれもいつまで持つか。
世界中で魔物の被害が深刻化していると聞いていたが……こうして実態を目の当たりにするのはフィノも初めてだった。
当然、こんなものを見せられたら放っておくわけにはいかない。
幸いにして予定よりも一日早く目的地につけた。時間に余裕はあるわけだ。
帰りも行きと同様、三日で帰るとして……二日の猶予がある。
一応、ヨエルには八日以上掛かると言ったけれど、最低ラインを守れれば大丈夫なはず!
「よし! まずは……詰め所にいこう!」
何をするにしてもまずは情報収集が肝になる。
何が一番問題になっているのか。それと、フィノが向かう虚ろの穴の状態も知っておきたい。
ならば、魔物と戦う最前線にいる兵士たちに話を聞くのが一番だ。
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詰め所へ向かうと、ちょうど兵士長が駐在していた。
この街で兵の指揮を執っているのは彼らしい。本来ならばもっと上の役職の、隊長とかがその役を務めるのだろうが……疑問に思って尋ねると、彼は悔しげに唇を噛んで答えた。
「隊長は一月前に亡くなられて、今は私が代理を務めているのです」
「そうなんだ……」
まだ年若い彼は現状に悲観しながらも諦めてはいないようだ。それならば、尚更手を差し伸べなければ。
「私に出来る事、ある?」
「えっ、戦力ならば喉から手が出るほど欲していますが……見ず知らずの貴女に命を賭して戦えなどとは言えませんよ」
「ここには大穴の調査に来た。だから、魔物がいると調査の邪魔になる」
「ふむ……そういう事情がおありならば無関係と言い張るわけにはいかない、ということですか」
「ん、そういうこと!」
「ならば、こちらもお言葉に甘えさせてもらいましょう」
フィノの助力を、兵士長は快く受け入れてくれた。
話がついたところで、街の脅威になっている魔物についての情報を共有する。
「魔物による襲撃はパターンが決まっています。雑兵のシャドウ系の魔物と、それを統括する大型。コイツが一番厄介な奴でして……雑兵どもは光で無効化出来るのでそれほど脅威ではないのです。しかし、あのヴァルグワイだけは別格です」
「ヴァルグワイ?」
「ええ、ヒト型の魔物で精霊にも近しいモノではないかと私は考えています。奴は人と同等の知性を有している。魔物を従える魔物など、聞いたことがありませんからね。どういう存在なのか、未だにはかりかねていますが一筋縄ではいかない相手です」
兵士長の話では、そのヴァルグワイのせいで被害が増大しているらしい。
シャドウ系の魔物だけならば問題にはならないが、共に現われる指揮官――ヴァルグワイにはシャドウ系を無効化出来る光の効果が無いのだ。
加えて瘴気を過剰に取り込んでデタラメな強さを持っているヴァルグワイ相手に、一般の兵士ではどう頑張っても太刀打ち出来ない。
「幸いなことに、ヴァルグワイは一個体だけしか確認されていません。奴を倒せれば戦況は打開出来るでしょう」
「……うん、わかった」
事情を聞いたフィノは、深く頷くと頭の中で作戦を練る。
兵士長の話を聞いた限りでは、討伐は難しいと思われるが……それは多対一での話だ。タイマンでヴァルグワイとやり合えたのならば、倒せる自信がフィノにはあった。
ユルグも多対一の戦闘では苦戦していたし、雑兵を兵士たちに任せられたのなら活路を見いだせそうだ。
「私にまかせて」
熟考したのち、フィノの発した言葉に兵士長は驚きに瞠目するのだった。




