尽きぬ怨恨
城の衛兵に謁見を求めると、アポなしだったがすんなりと通してくれた。
案内に従って、謁見の間に通されるが……そこにアリアンネの姿は見えない。
「あれ? おかしいですね」
これには衛兵の彼も戸惑っていた。
彼の話ではこの時間はいつもここに居るのだという。
「確認して参りますので、少しお待ちください」
慇懃に礼をして、衛兵は謁見の間から出て行った。残されたフィノとヨエルは、手持ち無沙汰に立ち尽くすだけだ。
「どこいったのかな?」
「連絡もしないで来ちゃったからなあ」
衛兵の彼にも悪い事をしてしまったと、少しの罪悪感を覚えていると直後。
きょろきょろと辺りを見渡していたヨエルが「あっ!」と叫び声を上げた。
「どうしたの?」
「あれ」
ヨエルが指差したのは、謁見の間から見える庭園だった。釣られてフィノも目を向けると、そこには見知った姿が見える。
それにヨエルを連れて外へと出ると、こちらが声を掛ける前に物音に気づいた彼女が振り返った。
「ああ、お久しぶりですね」
「うん、アリアも元気そう」
フィノの挨拶にアリアンネは柔和な笑みを浮かべた。にこにこと笑顔を浮かべる彼女に、例の如くヨエルはフィノの後ろに隠れている。
「その子を連れて、今日はどうしたのですか?」
「ちょっとお願いがあって」
「そうですか。とりあえず、座ってください」
申し訳無さそうに切り出したフィノの態度に、アリアンネは頷くとテラス席を促す。それにヨエルの手を引いて座ると、アリアンネは他愛ない話を始めた。
「この場所、城下を一望できて息抜きにたまに来るのです」
「良い場所だね」
彼女の言葉通り、とても景色が良い。この庭園も草花が綺麗だし、眼下に見える城下町も絶景である。
アリアンネもレルフと同様、公務に忙しくしている身だ。息抜きとしては最高の場所だろう。
「三年ぶりですけど、今までどこに居たのですか?」
「戦争があるから、アルディアから西には行ってないけど……いろんな街に行ったり、あとアルヴァフでも少し過ごしてた。それで、一年前からヨエルと一緒に暮らしてる」
いきなり話に出されたヨエルは驚きに瞠目した。向けられる視線に目を逸らしてもじもじとしている姿に、アリアンネは微笑んだ。
「アルディア帝国皇帝、アリアンネです。よろしくお願いしますね」
「う、うん」
緊張にヨエルはごくりと喉を鳴らした。どうにも彼の人見知りはなかなか治らないみたいだ。
アリアンネは終始穏和でカルロとは正反対な性格である。ヨエルともソリが合わないなんてことは無いと思うけれど……どうやら彼のこれは合う合わないの問題では無さそうだ。
「ねえ、フィノ」
「ん、なに?」
「つまんないから、遊んできてもいい?」
沢山の草花が揃っている庭園を見てヨエルは言った。
大人の話というのは子供にとっては退屈なのだ。それに見知らぬ人が傍に居てはヨエルの気も休まらないのだろう。
「良いですよ。子供は遊ぶのが仕事ですからね」
「あ、ありがと」
「あまり危ないこと、しちゃダメだよ」
「うん、わかった!」
ぴょんと座っていた椅子から飛び降りると、ヨエルは駆けていった。
その後ろ姿を眺めていると、不意にアリアンネは笑みを潜める。
「彼は変わりないですか?」
声音を落としてフィノに問いかける。それの意図にフィノはすぐに理解出来なかった。けれど、アリアンネがこうして気にかける者など、一人しかいない。
「マモンなら元気。たまにしか話せないけどね」
「そうですか……あの事は、彼に打ち明けたのですか?」
アリアンネの詰問に、フィノは言葉を詰まらせる。
「……まだ、言ってない」
「フィノは優しいですね。わたくしなら、秘密にせずにすぐにでも明かすというのに」
「べつに私はマモンのこと、恨んでない」
「魔王さえいなければこんなことにはなっていないのに? 貴女の師匠だって、まだ生きていたかもしれませんよ」
自虐的な笑みを浮かべて、アリアンネは無慈悲な宣告をする。
全ての元凶がマモンであることは、フィノも知っている。けれど、どうしても彼を恨む気にはなれないのだ。
フィノはマモンが苦しんでいる事を知っている。彼も好きであんな事をしていたわけではない。それはアリアンネだって知っているはずだ。
それでも……憎悪というのはいつまで経っても消えてくれない。
「あの子だって、寂しい思いをせずに済んだでしょうに」
「……っ、それ」
「わかっています。わたくしが言うべきではないことは」
あの時のことは、アリアンネも無関係ではないのだ。声を荒げたフィノに、アリアンネは謝罪を述べた。
けれど、自業自得とはいえ彼女も大事な人を亡くしている。お前が悪いのだと糾弾することなんて、フィノには出来なかった。




