君の知らない昔話
食事を終えた一行は食事処を後にして、カルロの案内で再び王城へと来ていた。レルフがアルヴァフへ滞在する間は客室を自由に使えるように取り計らってくれたのだ。
広い室内には大きなベッドが並んでいる。
人数分の上等な寝床に部屋に着いて早々、疲れていたのか。レシカはベッドに潜り込むとすぐに寝息を立ててしまった。ヨエルも先ほどから眠そうに目を擦っている。
「眠いなら寝ていいよ」
「んん……フィノは?」
「もう少ししたら寝るよ」
優しく声を掛けた、直後。
フィノが使うはずだったベッドにダイブしてきたのは、酔っ払いのカルロだった。
「おやすみぃ」
「えっ、そこ私の……」
フィノが何か言う前に、カルロは枕に顔を埋めて身動きしなくなった。
どうせ城に行くんだから、と案内してもらったけれど……ふかふかのベッドを取られるとは。予期せぬ事態にフィノは困惑する。
「んぅ、どうしようかな」
レルフに言って、客室をあてがってもらうか。でもそれだと子供たちから目を離さなければならなくなる。酔っ払いのカルロでは何かあった時に二人を守れない。
うむむ、と難しい顔をしているとヨエルが眠そうな顔をしながらフィノの手を引いた。
「ぼく、一緒でもいいよ」
「えっ?」
ヨエルの一言にフィノは目を見開いた。
仕方ないから床で寝ようかと思っていた所に、こんなことを言われるとは思っていなかったのだ。
「いいの?」
「うん。ベッド広いから狭くない」
客室に置いてあるベッドはどれも大人二人が寝ても広々使えるサイズだ。狭くない、というのは嘘ではない。
ヨエルはフィノと一緒に寝ることを、さして気にも留めていない様子だ。今はそんなことよりも眠気が勝っているのかもしれない。
けれど、フィノは違う。おかしな事ではあるが、年甲斐もなく少しだけ緊張しているのだ。
「じゃあ、そうしようかな」
ありがとう、と言うとヨエルは小さく欠伸をしながら頷いた。フィノの手を引いて、ベッドに潜り込む。
同様にフィノもベッドに入ると、ヨエルが小声で話し出した。
「まえ……マモンにお父さんのこと聞いたんだ。そしたら、誰も悪くないって言ってた」
彼がどんな想いで語っているのか。気持ちを汲み取れないまま、フィノはヨエルの話を黙って聞いていた。
「ぼくはお父さんのこと、ちゃんと知らないけど……フィノの好きな人なら、間違いじゃないよね?」
縋るような眼差しに、フィノは目を逸らさずに頷いた。
これまで色々な人から自分の知らない沢山の事を聞いてきた。その中で何が正解で、どれを信じれば良いのか。ヨエルはずっと考えていたのだろう。
今の話はそれの答え合わせだ。彼が何を信じて、選んだのか。十歳の子供にとっては難しい事だろう。
ヨエルの望む答えをあげることは出来る。けれど……答え合わせ云々よりも、本当は自分の父親のことを信じたいだけなのかもしれない。
「……うん、そうだね」
「よかった」
「でも、私があの人のこと、好きだって言われるの。恥ずかしいからやめて欲しいなあ」
「そーなの? でも気になるよ」
「う、うん。そうだよね」
おくびもなくヨエルは言う。それにフィノはたじたじである。
この話を聞かせたカルロを心の中で恨みながら、ドギマギしているとヨエルはなぜかイキイキとしてフィノを質問攻めにした。
「お父さんの、どこが好きだったの?」
「えっ、ええ……や、優しいところかなあ」
「それ、おじいちゃんも言ってた!」
眠気が吹っ飛んでしまったヨエルは、もっと話して聞かせてとせがんでくる。寝物語としては拙いけれど、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
そこでフィノは一つ、昔話をすることにした。
「私、昔は奴隷だったんだ」
「どれい?」
「レシカと同じような感じ。それで、ヨエルのお父さん……ユルグに助けられたんだ」
「へえ~」
初めて聞く話に、ヨエルは興味津々だ。瞳を輝かせて夢中になっている。
けれど、期待しているところ申し訳ないが……フィノの思い起こす昔話には、彼の父親の株を上げるエピソードは限りなく少ない。
フィノが話を盛らなければ、今の所が話のピークである。
「……でもあれ、助けてくれたって感じじゃなかったかも」
「どーいうこと?」
「着いてこられると困るから、って置き去りにされそうになった」
「なにそれ!?」
全然優しくないね、とヨエルは笑いながら感想を述べる。フィノも同意見だ。
けれどあの時のユルグは誰に対しても心を閉ざした状態だったのだ。そんな中、最低限フィノの面倒を見てくれた。
それだけでもフィノにとっては嬉しいことに変わりなかったのだ。
「それで!? それからどうしたの?」
「今日はこれでおしまい」
「ええっ! そんなあ」
「明日も色々見て回るから、早く寝よう。続きはまた今度話してあげる」
「むぅ、わかった」
残念そうに口を尖らせて、ヨエルは言いつけ通りに大人しく毛布を頭から被った。
素直で可愛らしい様子に、フィノはヨエルの頭を撫でて、おやすみと言う。すると、少し遅れて声が返ってきた。
おやすみなさい、と小さな声が答える。それを聞きながら穏やかな気持ちで、フィノは目を瞑った。




