観光案内
一方、その頃――カルロに連れられて、城下を見て回っていたヨエルはふと足を止めた。
目の前を歩いているレシカが立ち止まったからだ。
「なんだか甘い匂いがするよ」
くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ彼女を真似て、ヨエルも甘い匂いの出所を探ってみる。しかし、正体不明の匂いは至る所から感じるのだ。
大通りに開いている露店かと思いきや、それ以外からも仄かに香ってくる。
「ああ、これね。樹液の匂いだよ」
不思議がっている二人にカルロが説明してくれた。
「このでっかい幹を傷つけると、樹液が溢れてくるんだ。それを空気に触れさせないように取り出すと、花の蜜みたいに甘くなるってわけ」
露店に並んでいる樹液の入った瓶詰めを指差して、「あれだよ」とカルロは言う。その隣には焼きたてのパンケーキが並んでいる。
件の樹液がたっぷりとかけられたスイーツはとても美味しそうだ。
「それで、これを長時間酸化させると……お酒になるんだよねっ!」
隣の店に置いてある酒瓶を手に持って、カルロはにひひと笑った。
彼女が言うには、アルヴァフでの観光土産はもっぱら樹液酒が選ばれるのだという。酒は腐らないし持って帰るにはぴったりなのだ。それと瓶詰めされた樹液蜜も人気である。
もちろん、現地の名物は樹液蜜を使った菓子。これも美味いのだという。
カルロの奢りで、昼飯がまだだった二人はパンケーキを買って食べることにした。
「んっ、おいしい!」
「ほんとだ」
レシカは瞳を輝かせてパンケーキに齧り付く。
焼きたてのパンケーキは外側はカリカリで中はふわふわ。その上に甘い樹液と家畜のミルクから作ったバターが乗せられている。これがマズいわけがない!
ヨエルの暮らすメイユでは甘味といえば、温かいお茶の仄かな甘みくらいしかない。こんな風に脳に響く程の強烈な甘みは経験したことがないのだ。
とはいえ、甘すぎるのも味がくどくなってしまう。ハーブティーに少しだけ蜜を入れたらちょうど良さそうだ。
「腹ごしらえが済んだら、次はあそこにいくよ!」
言って、カルロは上を指した。釣られて見上げると、巨木の天辺が微かに見える。
「あそこまでいくの!?」
「観光用に安全に行けるルートがあってね。少し大変だけど……頂上からの眺めは最高だからね。期待してよ」
胸を張るカルロにその話を聞いた途端、ヨエルはわくわくが抑えられなくなった。きっと見たことのない景色が見られるのだ!
そこから何が見えるのか。想像しただけで楽しくなってくる。
意気揚々とするヨエルとは正反対に、隣にいるレシカはなぜか浮かない顔をする。
「わ、わたしはいい……」
彼女には珍しく弱気な発言に、カルロとヨエルは瞠目する。
ヨエルが心配していると、カルロがもしかして――とレシカに尋ねた。
「高いところ、苦手?」
「う、うん……少しなら大丈夫だけど、あんなに高いとこわい」
青い顔をするレシカに、気づくとヨエルは彼女の手を握っていた。
「こうやって手繋いでれば怖くないよ」
拙いながら励ますと、レシカの表情は少しだけ和らいでいく。
「う、ぜったい離さないでね」
「うん!」
約束を交わすと、カルロが二人の間に割って入ってきた。
「頂上まで登るルートは二種類あるんだ。巨木の周りをぐるっとまわりながら登っていくのと、内側から螺旋階段を登っていくの。前者は景色が良いからおすすめなんだけど……高いところが怖いなら内側から登った方が良さそうだね。それとも……下で待ってる?」
カルロの提案に、レシカはヨエルの手を握りしめてかぶりを振った。
「ううん、わたしもいく!」
「ようし、それじゃあ早速出発しようか!」
カルロの号令に、二人は眼前に聳える巨木を見つめて未知の世界に挑んでいく。




