上手な嘘の吐き方
レルフの話に、フィノは眉根を寄せた。
どう考えても、抱えている問題を解決出来る手段はないように思う。けれど、レルフは可能だというのだ。
「対策を立てるにしても、現状は厳しいのが本音です。どうあっても帝国の資金援助を打ち切ることは出来ません。ですから、表向きだけでもそうして欲しいのです」
「つまり……皆を騙すってこと?」
「ええ、事情を知るのは一部の者だけが望ましいでしょう」
だから――と、レルフは続ける。
「貴女様には特使として、アルディアの皇帝と話を付けてきてもらいたいのです」
「んぅ、わたし?」
レルフの提案にフィノは瞠目した。
こういうのはもっと、国に関わりのある者が行くべきではないのだろうか?
フィノはアルヴァフに定住しているわけでもないし、この国に住む国民からしてみれば、どうしてと思われかねない。理解を得られるとは思えなかった。
「秘密裏の作戦である為に、計画を公にすることは出来ません。ですから、私が出向くよりも救世の英雄と名高い貴女様が特使として向かわれる方が、後腐れがないと考えたのです」
「そっか」
フィノであれば、アリアンネ相手ならば多少の融通は利く。レルフの人選はそれを加味してのものなのだ。
帝国からの資金援助を打ち切れないにしても、大々的に特使を派遣して皇帝陛下に表向き、契約破棄してもらう。
そうすれば、人身売買を行っている奴隷商もアルヴァフには旨味を感じないと判断して、自然とああいった被害は減っていくし、国内に蔓延っている革新派の勢いも弱められる。
それが狙いなのだとレルフは言った。
「して、引き受けてくれますかな?」
「いいよ。でも……すぐには行けない」
フィノにしか出来ないことならば喜んで引き受けよう。けれど、そうなるとヨエルを置いていかなければならない。
何日も家を留守にしなければならないし、その間に何か問題がおきないとも限らない。マモンだってあんな状態だ。彼の傍には誰かがついていないといけない。
「ふむ……あの子のことならば、貴女様が戻ってくるまで面倒は見れますよ」
「そうだなあ……」
レルフの提案にフィノは熟考する。
ここで預かってもらうことも考えた。けれど、はたしてそれがヨエルにとって良い事なのか。
アルヴァフまで彼と共に来ることがなかったならば、フィノはレルフの提案を呑んでいたことだろう。
しかし、フィノの予想以上にヨエルは何でも世話を焼かなければいけない子供ではなかった。
もちろん、襲い来る脅威から身を守るのはフィノの役目だが、それ以外。長距離だって文句を言わずに着いてきてくれるし、野営準備だって教えたらその通りにやってくれる。彼は飲み込みが早いのだ。
ゆえに、ヨエルに話して彼の意見を聞いてからでもどうするか決めても遅くはない。もし彼が共に行くと言ったのなら……今のフィノならば反対しない。ヨエルの意思を尊重する心積もりだ。
「ヨエルのことは私に任せて」
「わかりました」
問題の解決の糸口を見出して、レルフはほっとした表情を見せた。
しかし、フィノのすぐには行けない理由というのは、他にもある。
出来れば、匣の完成に目処を付けてから帝国に向かいたいと考えているのだ。進捗は悪くはない。あと一歩の所で躓いている状態である。
どん詰まりではないのだ。ただ……今のやり方では一生掛かっても匣は作れないだろう。どこかで凝り固まった価値観を覆さなければならない。
その方法がどこに眠っているのか。フィノにもさっぱりだ。だからこそ、気分転換も兼ねてこうしてアルヴァフに赴いた。
「話はこれで終わり?」
「ええ、子細は追々詰めましょう」
「じゃ、私も観光してこようかな」
まずは先に楽しんでいるであろう、三人を追いかけなくては。
「それじゃあね」とお別れを言って、フィノはアルヴァフの城下にくりだした。




