小国アルヴァフ
アルヴァフに着いたのはそれから一日半経った――ちょうど昼を過ぎた頃だった。
一日で最も明るい時間帯だというのに、踏み入った森の中は薄暗い。空を覆う樹木の枝葉が天蓋のように陽の光を遮っているためだ。
しかし空気はとても澄んでいる。雪山育ちのヨエルにしてみれば、こんなにも青々とした土地は初めてなのだ。
キョロキョロと周囲を見渡しながらフィノの後ろを着いてくる。その隣を歩くレシカも、未知の世界に興味は尽きないらしくいつも以上に忙しない。
森の中の舗装された道を歩くと、しばらくして目の前に門扉が見えてきた。
門の前には衛兵が二人立っている。この向こうが、目的地であるアルヴァフだ。
門衛の二人はフィノの姿を確認すると、二人揃って顔を見合わせた。そのうちの一人がいそいそと近付いてくる。
「お久しぶりです。此度はどのようなご用件で?」
ハーフエルフの彼は以前、村の門衛をしていた兵士だった。フィノとは顔なじみである。
いまでは国の入国管理を担う大事な役職に就いている。小さな村の門衛からだいぶ出世したものだ。
彼はちらりとフィノの背後にいる二人に目を向けてから、再び向き直った。
いきなり子連れで訪問されては不思議がるのも無理はない。
「呼ばれたから来たんだけど……レルフ、いる?」
「国主様ならいらっしゃいますよ。おそらく、到着を心待ちにされているかと」
「そっか、ありがと」
レルフからの手紙が届いてより、かなりの時間が空いてしまっていた。今更来ても遅いと文句を言われる覚悟もしていたけれど、彼の話ではそんなことは無さそうである。
「どうぞ、お通りください」
道を空けてくれた彼に礼を言って、フィノは門扉をくぐった。
「ねえ、フィノってもしかして凄い人なの?」
「わかんない。ぼく、何もしらないもん」
「ええ? 一緒にくらしてるのに知らないの? へんなの」
後ろからは二人の会話が漏れてくる。
レシカの反論にヨエルは言葉に詰まってしまった。図星だったのだろう。少しだけ不機嫌になったヨエルは無言でフィノの背を追っていく。
けれど、門扉をくぐった瞬間――見えた景色にすべてがどうでもよくなってしまった。
「どう? すごいでしょ!」
くるりと反転したフィノの背後には、天を貫く巨木が何本も聳えていた。頭をあげて首をぐっと逸らさなければ巨木の天辺は見えない。通常の視界では、目の前に巨大な幹が見えるだけだ。
そして、その幹に空いた虚がこの国の居住スペースになっている。幹と幹の間には吊り橋が架かっていて、地上に降りずとも往来が可能。開墾せずに自然を上手く活用しているのだ。
「うわあ……」
これにはヨエルも思わず声が漏れてしまった。
驚きよりも感動が勝っている。それは隣に居るレシカも同じようだ。
「なんだか小人になったみたい」
彼女の感想も馬鹿に出来ない。
実際、居住スペースである巨木の虚はかなりの広さがある。大きい所ならば、帝都にある城がすっぽり納まるほどだ。
それほどの巨木であっても、エルフの神話に出てくる神木よりは小さいのだと言うのだから、例の神話も真偽は怪しいほどである。
「迷子にならないでね」
立ち止まって景色を眺めている二人に釘を刺すと、慌てて駆け寄ってくる。
人混みでごった返してはいないが、それなりに道行く人も多いのだ。見知らぬ地で迷子になってはそれこそ大変である。
それは二人も十分に理解しているようで、フィノの指示に素直に従ってくれた。
「これからどこにいくの?」
「観光したいけど、その前に会わなきゃいけない人がいる。まずはその人の所にいくよ」
「フィノの知り合い?」
ヨエルの質問に、フィノは腕を組んで考え込んだ。
あの人は、知り合いというよりも……どちらかというと――
「ともだち、かなあ」
自信なさげに答えたフィノに、ヨエルは不思議そうな顔をする。
「意味わかんない」
「悪い人じゃないよ。ヨエルも一度会ってる」
「ええ……おぼえてないよ!」
「だってずっと昔のことだから、とうぜん!」
フィノの謎かけに、ヨエルはますます顔を顰めた。
それを尻目に、フィノが向かったのは正面に聳える一番立派な巨木の虚。この国の国主が住まう、居城である。




