エルフの神話
身体を清めて、再び街道を歩くと日が暮れてきた。
そろそろ野営準備をしようと、吹きつける潮風を避けられる岩陰に荷物を降ろして、先日と同様に焚き火と天幕の準備をする。
試しにヨエルに天幕の準備をお願いすると、彼は思ったよりもスムーズに済ませた。子供ゆえか飲み込みが早い。
簡単な食事を摂りつつ、三人で焚き火を囲んでいると――
「アルヴァフってどんなところ?」
「う~ん……そうだなあ」
不意の質問に、フィノは腕を組んで考える。彼らにどう答えてやるべきか悩んでいるのだ。馬鹿正直にフィノの口から話しても信じてもらえない可能性がある。
というのも、アルヴァフ周辺に広がる森は少し特殊なものなのだ。
海からの潮風をものともせずに聳える巨木林が周囲を取り囲んでおり、雄大な自然を礎にしてアルヴァフという国がある。
フィノが昔滞在していた村は巨木林のほんの入り口に位置していたため、それほど気にならなかったし、深い森の奥に進むのはあの村の村民たちでも嫌忌するほどだった。
だから初めてアルヴァフに訪れた時、フィノはとても驚いた。天を貫くほどに巨大な樹木は果てが見えない程に大きいのだ。
しかし、世界中を見てもこんな巨木が聳えている土地は他にない。どうして、とレルフに聞くと彼は得意げにフィノの質問に答えてくれた。
「エルフの神話に出てくる神木を知っていますかな?」
「……かみき?」
「いにしえの時代に大陸のいずこかに生えていたと言われる巨木がありましてな。天雲を貫き、空の果てまで聳えるほどの巨大さであったらしいです」
レルフの発言に、フィノは眉根を寄せた。
「ええ……それ、本当なの?」
「まあ、真偽は定かではありませんが……しかし、その神木はある時代に倒されてしまったのです。エルフにとって信仰の対象であったそれを失ってしまったが為に、災禍が今世まで続いているとの説も謳われていますが……これについては眉唾でありましょう」
そんなことあってなるものか、とレルフは不機嫌そうにかぶりを振る。
「その後、絶たれた神木の残骸である根を、エルフたちは各地に植え直しました。しかし、あれは特段に肥沃な土地か、草木も生えぬ不毛な土地にしか根を張りません」
神木というのは、他の植物と違いどんな環境でも育つ頑強なものだったらしい。それこそ、幹には傷一つ付けられず、切り倒そうなんて無理な話だという。
しかし神木の成長には特殊な土壌が必要なのだ。肥沃な土地は言わずもがな。不毛な地……他の命を育まない土地は、神木の頑強さゆえに土壌の養分を専用できる。逆に神木にとっては良環境というわけだ。
零か百かでしか成長を遂げない神木の根は、寒冷地であり尚且つ海からの塩害によって草木も生えないこの地に運良く根付いてくれた。
しかし、いにしえより存在していた神木とアルヴァフ周辺に生えている巨木は同じものではない。
神木が備えていた頑強さはそれに劣り、他の樹木より硬さはあるが加工も出来る。
とはいえ、世界で唯一の土地であることには変わりないのだ。観光名所としては申し分ない。
そんな雄大な自然の中に聳える国がアルヴァフである。
こればかりは人伝で聞いても感動は一も伝わらないだろう。やはり自分の目で見て知って欲しい。
そう考えたフィノは、興味津々の二人に悪戯っぽく笑ってみせる。
「着くまでのお楽しみ!」
「ええーっ!」
「なあんだ」
「明日で森の入り口までいけるはず。そこからあと少しだから」
がっくりと肩を落としたレシカに、ヨエルはやれやれとつまらなそうな顔をする。
そんな二人を口先だけで宥めて、夜中の楽しい談笑は続いていく。




