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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第六章
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信頼を得るには

 

 問い質すフィノだったが、しかし、彼女の言葉は男には届かない。熱鉄で目を焼かれて、のたうち回る男にはそれどころではないのだ。


 仕方ないなと早々に尋問を諦めたフィノは、剣を回収するとヨエルの元へと戻っていく。

 あの三人はもはや戦闘不能状態だ。放って置いても悪さをすることはないだろう。きっちりと殺さないのは詰めが甘いと言われるだろうけれど、ヨエルの前で人殺しは出来ない。よってこれが最善だとフィノは考えたのだ。


「おわったよ。もう大丈夫」

「う、うん」


 眼前の光景に目を奪われていたヨエルは、フィノの声にハッとした。

 見据えた彼の表情に恐怖の色は見えない。その事に安堵したフィノは、外套にこびり付いた血飛沫に嘆息する。


「これ、洗わないとダメかあ。近くに水場、あったかな」


 おろした背嚢を拾って、そこから地図を取り出して眺める。

 いつも通りのフィノの様子に、ヨエルは一瞬面食らって固まってしまった。けれど、すぐにそれは解けて、背嚢を漁り出すとある物を取り出した。


「フィノ」

「うん?」

「怪我してる」


 ヨエルは手に持った軟膏を渡しながら自分の右頬を指差す。

 教えてもらって、そこで初めてフィノは怪我を負っていたことに気づいた。先ほどクロスボウのボルトを避けた時に擦ったのだろう。浅い切り傷だ。放っておいても問題はないけれど……せっかくの気遣いを無碍にするほど、フィノも薄情ではない。


「ありがとう」

「うん」


 軟膏を傷口に塗っていると、ヨエルは再び血みどろの光景に目を向けた。


「おじいちゃんが言ってたこと、本当だった。外はあぶないよって……本当だったんだ」


 噛みしめるように呟いたヨエルの言葉に、フィノは何と声を掛けて良いか。

 たった今彼が感じたことは、嘘偽りのない真実である。このご時世、どこへ行っても治安が良いとは言えないし、弱者が虐げられるのはいつだって同じだ。

 それらを狙って横暴を働く輩は沢山いる。ここで遭遇した男たちなんて、それのほんの一部である。

 とはいえ、これを社会勉強だと称するのは些か刺激が強すぎる。


 少し悩んだ後、フィノは目線を合わせて語りかけた。


「どうしたい?」

「え?」

「旅行、やめる?」


 尋ねるとヨエルは困ったように眉を下げた。

 彼の心の葛藤を余所に、フィノは話を続ける。


「私はアルヴァフに用事があるから行かなきゃいけない。もし戻るなら、私が帰ってくるまでヨエルは留守番することになる。でも、一緒に行くなら私がちゃんと守ってあげるから、安心して」


 多勢に無勢でも負けなかったのだ。フィノの実力はヨエルも理解しているはず。

 だから何の問題もないと言ったつもりだったけれど、どういうわけか。ヨエルはますます困ったように言い淀んだ。

 そして、フィノの予想に反してこんなことを言い出した。


「ぼくが一緒でも、危なくない? さっきみたいに襲われても、つぎも無事でいられるなんて、わかんないよ!」

「……それは」


 ヨエルの正論に、フィノは答えを見つけられなかった。

 彼が心配しているのはフィノの身の安全である。守ってくれるのはいいけれど、それでフィノが怪我を負ったり……最悪、死んでしまうことだって無いとは言い切れない。

 それを誰よりも恐れているのだ。


『心配には及ばない』


 言葉に詰まっていたフィノを見かねてか。突如、マモンが黒犬の姿で湧いて出てきた。

 ヨエルの足元にちょこんと座ったまま、彼は泣きそうになっている少年に安心しろと言った。


『フィノの実力ならばあのような相手、いくら来ようが歯牙にもかけぬ』

「でも……」

『再び危険が迫ったら、己を呼ぶといい。かかる火の粉くらいならば払ってやれる。何も問題はないよ』


 眠そうに欠伸を零したマモンを、ヨエルは抱き上げると腕の中に収める。

 モフモフの毛並みに顔を埋めると、「わかった」と呟いた。


 マモンの説得に、あっさりと首を縦に振ったヨエルを見てフィノの心境は複雑だった。どうやらまだまだ自分は信用されていないらしい。

 それもそのはず、数日前までぎこちない関係だったのだ。それが何年も共に居たマモンと同じ信頼を得られるはずがない。


 沈んだ心を持ち直して無理矢理に笑顔を作ると、それを目にしたマモンから激励が届く。


『あの師匠のお墨付きだ。己が出る必要はないだろうが……背後を気にしなければフィノもやりやすかろう。遠慮無く暴れるといい』

「うん……そうだね」


 マモンの気遣いはフィノにとって有り難いものだった。嬉しくもある。

 こうしてユルグの話を自分以外の誰かと共有することなんて、エルリレオが居なくなってからは随分と減っていた。

 誰しもが自然と敬遠している話題だからだ。それでも事あるごとに思い起こされるものだから質が悪い。

 けれど、それさえも無くなったら……記憶の片隅から忘れ去られてしまったら全てが消えてしまう気がした。


 だからこそ、フィノはヨエルの傍に居ることを選んだのだ。

 彼の後見人に選ばれたのもあるが、一番の理由はお師匠のことを忘れない為だ。

 なんたって、ヨエルはユルグにそっくりなのだ。何にでも興味を持って、活発な所はミアに似ているが、容姿は父親譲りである。


 自分でも不純だと自覚はしている。昔と違って歪んだ考え方しか出来ないのは何のせいで、誰のせいなのか。

 しかし、要因が何であってもそれを選んだのは自分自身である。だから、後悔はしても否定だけはしてはいけないのだ。



「ねえ、あの人たちどうするの?」


 悶々としていたフィノを思考の坩堝(るつぼ)から引っ張り出したのは、ヨエルの一言だった。

 彼は倒れ伏して悶えている男たちを指差してフィノに問う。


「放っておく。助ける義理、ないし……自業自得ってやつだよ」

「うん」

「でも、困ってる人は助けなきゃね」


 含みのある物言いをしたフィノに、ヨエルはきょとんとして瞠目するのだった。


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