守り手の暇はなし
サブタイトル変更しました。
フィノの前に現われたのは、体格の良い人間の男三名。
黒い外套を着込んだ各々が、大剣、斧、クロスボウで武装している。ああいった武装をする輩は、冒険者であることは殆どない。
可能性としては野盗か――人攫い。
「お前、ハーフエルフだな」
「そうだけど、なに?」
大剣男の質問に答えると、彼はにやりと笑みを浮かべた。
「ハハッ、ついてるぜぇ! 本日、二匹目の獲物だッ!」
男の号令に従って、他の二人もこちらへと向かってきた。
先陣を切って迫ってきたのは、大剣男。彼の背後に控えていたクロスボウ持ちは、照準をフィノへと向けて、斧持ちはまっすぐに向かっては来ずに左へ逸れた。
「お前はあのガキを捕まえろ!」
斧持ちに指示をだした大剣男は、抜き身の武器を振り上げて迫ってくる。
自身に危機が迫っている中、フィノが一番に置いたのはヨエルの安全だ。
――攻撃ではなく回避。
外套を翻して、大剣男から背を向けると隣にいたヨエルを抱えて後方に飛ぶ。しかし、続く連撃――男の背後から放たれたクロスボウのボルトが、足元の地面を抉る。
それに冷や汗が背中を伝う。自分が怪我を負うのはいい。慣れているし痛みに耐えられないほど柔ではない。けれど、ヨエルに攻撃の矛先が向くのはマズい。
あの男たちもフィノがヨエルを守りながら戦わなければならないことを理解しているはずだ。何の攻撃手段も持たない子供を狙われてはフィノも満足に動けないし、かなり不利になる。
誰かを守りながら戦うなんて、今まで経験がなかった。こんなにも難しいことだったなんて。
それをユルグは……お師匠はいつもやってくれていた。今更ながら、昔の自分の軽率さに気づく。
フィノがユルグに着いていきたいと我儘を言ったのは、かなりのリスクが伴うことだったのだ。
敵に襲われた時に身の安全は保障できない。だからユルグは連れて行けないと言った。そこにはフィノを邪険に思っていたから、というのも含まれているだろうけど……巻き込まれて怪我をさせないようにという、ユルグなりの気遣いもあったのかもしれない。
とはいえ、今となってはユルグの真意を確かめる術もない。
今のフィノがすべきことは、目の前に迫ってくる男たちを、さっさとぶちのめしてしまうことだ。ヨエルを危険な目に遭わせることなく、一つの怪我も負うことなく。
後方に飛んだフィノは、背後にヨエルを匿うと背負っていた背嚢を放り投げる。
臨戦態勢を取ったフィノを見て、ヨエルは不安に声を上げた。
「フィノ……だいじょうぶ?」
「うん。心配しないで。ヨエルはここで待ってて。すぐに片付ける」
聞こえた声は震えていた。安心させるようにわしゃわしゃと頭を撫でると、フィノは腰に差していた剣を抜く。
頭の中で作戦を練りながら、フィノは駆けだしていく。
まず、始めに無力化しなければならないのは、ヨエルを狙っている斧持ちの男だ。手管の豊富なフィノならば幾らでもやりようはある。
しかしこの人数を相手取るにはそう易々と手の内を明かすわけにはいかない。そう考えて、フィノの得意とする戦術には不必要な剣を抜いたのだ。
突っ込んでくる大剣男から逸れて、狙いを斧持ちに変える。けれど、それを察した大剣男は、両者の間に割り込んできた。
「ゲハハッ! させるかよぉ!!」
「邪魔しないで!」
斧持ちとフィノの間は、約五メートル。それを詰める前に横から振り下ろされた大剣を、剣で受け流す――が、フィノの持つ片手剣ではどうあっても力負けしてしまう。
それでもなんとか直撃を避けるように軌道をずらすと、一拍。生じた隙を縫って、フィノは再度斧持ちへと向かっていく。
大剣男の相手は今は考えない。
ヨエルの安全第一というのもあるが、重量のある大剣相手ではどうあっても武器同士の鍔迫り合いでは勝てないからだ。
だからこそ、最初に相手取るのは剣士らしく勝つことの出来る斧持ちの男。
大剣男を放って、斧持ちへと接近したフィノは怯むことなく刃を交えた。
流石に力で劣ることはフィノも分かっていた。だから、男と肉薄する少し前に剣の刀身に不可視の風刃をエンチャントしておいた。大剣男をいなした直後のことだ。
驚異的な切れ味を誇る風の刃は、分厚い鉄の斧刃をいとも容易く切り裂いた。しかしそれだけで勢いは止まらず男の片腕を綺麗に落としてしまった。
「ぎっ、ああああああ!!」
切り口からボタボタと血を零しながら男は絶叫をあげる。
既に戦意を失った男を放るとフィノは次いでクロスボウ持ちへと駆け出していく。
敵の接近を前にした男は、装填していたボルトを発射した。それはまっすぐにフィノの顔面目掛けて迫ってくる。
紙一重で迫り来るボルトを避けると、それと入れ替わりで握っていた剣を投げつける。刀身に施していた風刃のエンチャントを変えて――より投擲の速度を上げるために、風魔法の速度付与を施した剣は目で追えないスピードで男の首筋を抉っていった。
「う、ぐっ……あ?」
一瞬にして起こった出来事に、男は何が何だか分からないまま首元を抑えて仰向けに倒れる。
「なっ、なんだってんだよ! これは!」
僅か十数秒の出来事。
目の前で起きた惨劇に、大剣男は一瞬狼狽えた。けれど、手元に武器もないフィノを目にすると怖じ気づいていたのが一転。男は勢いを取り戻したかのように、振り上げた大剣で空を切る。
「死にたくなけりゃあ、命乞いでもしてみろよっ!!」
頭上から振りかぶった斬撃はフィノの頭蓋を叩き割ろうと迫ってくる。けれど、剣の軌道は単調、力は強いがたったそれだけである。
半身を捻って地面を抉った大剣を、今度は横薙ぎに振るう――その前に、フィノはその刀身に素手で触れた。
その瞬間、凄まじい力で弾かれた大剣は、柄を握っていた男の手首を捻ってその手中から離れていった。
と同時にバランスを崩した男は前のめりになって地面に膝をついた。
「うあ……え?」
「命乞いするなら助けてあげる。どうする?」
呆然としている所に選択を迫ると、ハッとして男はフィノに目を向けた。
「は、ハハハッ! なに勝った気でいやがる! 俺がお前みてぇなチビにやられるとでも」
立ち上がりながら話し出した口上を全て言い終わらないうちに、フィノは男の頭に手を触れる。
彼が装備している鉄製の兜に少し触れると、フィノがそれから手を離した瞬間――どろりと兜が熱で変形したかのように溶け始めた。
「――ッ、ああああああ!!」
突然、頭上から溶けた鉄を浴びせられたようなものだ。
断末魔の絶叫をあげる男を冷ややかに見つめて、フィノは更に詰め寄る。
「さっき、二匹目って言ってたけど。あれ、どういうこと?」




