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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第六章
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十年の成果

 

 旅行の準備に忙しくしているヨエルを見遣って、食事を済ませるとフィノはやるべき事に取りかかる。

 彼に三日後には発つと言ったのだ。フィノの用事が済まなければ約束を反故にしてしまう。

 せっかくこんなにも楽しみにしてくれているのだから、期待を裏切るような真似はしたくはない。


 テーブルの上に、街で調達してきた薬草と薬研を取り出す。すり下ろして成分を抽出したものを、暖炉に置いた大釜でこれでもかと煮詰めていく。


「……なにしてるの?」


 作業に没頭していると、ヨエルがこちらの様子を気にして声を掛けてきた。


「魔法薬、つくってる。まだ全然うまく作れないけどね」

「ふぅん」


 フィノの答えにヨエルはさして興味なさげに呟くと、再び荷物の整理に向かった。

 まだ子供のヨエルにしてみればフィノがよく分からない薬を作っているだけと捉えるだろう。


 実際、フィノの精製している魔法薬というのは魔道具店に売っている魔力回復薬と同じものだ。

 効能も減ってしまった魔力を回復するもので、特に目新しい所は無い。


 わざわざ店で買えるものを手作りする理由は、市販されている魔法薬では効能が弱すぎるからである。

 フィノが欲しているのは、通常の倍以上の回復を可能にする濃度の高い魔法薬だ。もちろんそんなものが一般に出回っているわけがない。

 だったら、無いのなら作れば良いじゃないか、とフィノはこうして試行錯誤しているのである。


 製薬技術はエルリレオに一通り習ったから、フィノに出来ないことはない。それでも高濃度の薬を作るとなると一筋縄ではいかず、今までに散々廃棄物を生み出しているのだ。


 しかし、何十回も失敗していては何かしらの問題があることはフィノも見抜いていた。だから、今回で最後にしようと心に決めていたのだ。

 もっと多角的に見て、アプローチを変える必要がある。


 フィノがここまで研究熱心なのは十年前……ユルグと交わした約束を果たすため。


 彼がフィノへと告げた、『瘴気を無効化出来る方法』を実現にするために、この十年間、研究を重ねてきた。

 フィノが見出した、匣の複製。それを根幹に、今日(こんにち)まで様々な試みをしてきたがその努力が実を結ぶことはなかった。

 完全な匣の複製は、未だ叶っていないのだ。


 その要因としては、五年前に勃発した戦争が一番に挙げられる。

 優秀な人材を探していたフィノにとって、戦争というものは彼女の益にはならなかった。国家間の往来も制限されて、各国の国力は衰退する一方。民の生活は荒んでいき、そんな状況ではフィノのよく分からない研究に手を貸してくれる者など現われない。


 よしんば好事家が手を取ってくれたとしても、圧倒的にマンパワーが足りないのだ。技術が無ければ先に進めない計画である。

 最初の一歩で躓いてしまえば、先に進めなくなるのは明白だった。


 人が足りないのならば、自分ひとりで達成出来るように考えを改めようとフィノは思い至った。

 それが、こうして魔法薬を作りへと繋がっているわけだ。

 元々、匣に永続的なエンチャントを施すために、足りない魔力を補おうと人手を集めていたのだ。逆を言えば魔力が足りているのならばそんな回りくどい方法を取らなくても済むのである。


 けれど、そうそう上手くいかないのが世の常なのだ。


「なんか……今回もダメそうだなあ」


 大釜の中でぐつぐつと煮える緑色の液体を覗き込んで、フィノは溜息を吐き出す。

 毎回、良い所まではいけるのだが……出来上がった魔法薬を使って匣の製造をすると決まって失敗してしまう。


 理論上はエンチャントに足りない魔力を補ってやれば可能なはずなのだ。それが決まって失敗してしまうとなると……根本的に何かが間違っていることになる。

 それを検証するにしても用意する素材から、何から何まで手間が掛かりすぎる。エンチャントを定着させる匣の元になる魔鉱石だって、今の情勢では入手するのも困難だ。


 質の良い魔鉱石は、デンベルクの坑道から調達していた。

 あの国は、他国よりも高品質の魔鉱石を産出出来る。それを貿易品として売り込んでいるのだ。品質は折り紙付きで、フィノももっぱら取り寄せていた。

 それが、戦争が始まったことで容易に調達出来なくなったというわけだ。

 フィノにとって死活問題ではあるが、こればかりは戦争が終結しなければどうにもならない。


 現状、詰んでいるのだが……それでも、諦めるわけにはいかないのだ。

 それは何も、ユルグとの約束があるからだけではない。むしろそれはきっかけに過ぎず、フィノがこうして躍起になっている真の理由は、ヨエルの為である。


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