因果応報
看守は続けて、こんなことを言い出した。
「君がここに来てもサルヴァには会えない。彼はもうここには居ないんだ」
未だ暗い顔をしながら告げた看守の言葉に、二人は顔を見合わせる。
さきほど聞かされた話と真逆の展開に、状況が掴めない。
「どっ、どうして!? だってさっきは出られないって」
「二月ほど前に、私の友人がここを訪ねたんだ」
ライエの詰問に、看守は淡々と語り出した。
「彼は皇帝陛下の近衛で……それなりに付き合いは長いんだ。最近は忙しくしていたみたいで、そんな彼が突然この牢獄にやってきた。仕事の合間の暇つぶしって訳じゃ無さそうだったから、どうしたんだと私は尋ねたよ」
彼の話は脈絡のないもののように思えた。まるで世間話のように話されるそれに、二人はじっと聞き入る。
「彼は仕事でここに来たんだと言った。極秘任務だと……それで、囚人を二人ほど連れて行きたいと私に頼んだ。その時点でおかしいとは思っていたんだ。けれど、詳細を聞いても答えてはくれなかった。極秘任務だからそれも当たり前だ。とはいえ、これには皇帝陛下の勅命もあるから、私にはどうあっても拒否する権利はなかったんだ」
看守の話を黙って聞いていたライエは、そこでハッと息を呑んだ。
「もしかして、父はそれに?」
「そうだ。私が推薦したんだ」
彼は気まずそうにライエから目線を逸らして答えた。
「どんな任務を与えられたかは不明だが、それでも囚人を連れて行くとなると真っ当なものではないことは私にも分かった。汚れ仕事であると察したよ」
「な……なんでそんなものに」
「任務遂行の折には、皇帝陛下からの恩赦が賜れる。それならばグレンヴィルも手出しは出来まい。これしかサルヴァをここから出してやれる手立てがなかったんだ」
看守の話を聞いて、フィノはなるほどと合点がいった。
グレンヴィルという貴族は、ライエの父……サルヴァをどうしても牢獄に閉じ込めておきたかったのだ。そこには私怨が入り交じっているのは明白なことで、例えライエが正当な手続きを踏んでサルヴァを釈放しようとしたところで確実に何かしらの邪魔が入ったことだろう。
こうして法制が変わったところで、権力を使って阻止出来る立場に居るのだ。どう足掻いてもここから出してやることは叶わなかったかもしれない。
それを看守の彼も理解していた。だから、サルヴァを極秘任務へと推薦したのだ。
「……そうだったんだ」
最悪な想像をしていたであろうライエは、ほっと息を吐いた。少なくとも刑が執行されて死んだわけではない。
けれど、どうしてか。看守の表情は優れないままだ。
「……今の話は、二月前のものだ。私の友人はまだ戻ってきていない。皇帝陛下の近衛を務めていた男だ。そんな彼がこうも長い間、戻ってこないのはおかしい。ましてや、一月前のあの騒動の最中でも、何の音沙汰もなかった」
「それって」
「私の見立てでは……おそらくもう彼には会えないだろう。君の前で言うことではないのかも知れないが、サルヴァも生きているかどうか」
力なく項垂れた看守は、そこで話を終わらせた。
絶句したままのライエに声を掛けることなく、フィノは先ほどからあることが気に掛かっていた。
今のは全て顔も知らない人たちの話だ。けれど、どうしてか既視感を覚える。どこかで同じ話を聞いた、というわけでもない……それでも、断片的な単語が引っかかるのだ。
違和感に眉を潜めて、難しい顔をしながらフィノは記憶の糸を手繰る。
――看守の友人だという近衛兵の男。
――連れ出された二人の囚人。
――二月前に起こった出来事。
そして――彼らは未だ戻って来ていない。
「――あっ!」
ある疑念がフィノの頭の中で弾けた。それは瞬時に確信へと変わっていく。これと似た状況を、フィノは知っているのだ。
「……どうしたの?」
二人からの怪訝そうな眼差しを受けて、フィノはうろうろと視線を彷徨わせた。
ここで、あのことを話して良いものか。ライエの父と、看守の友人。二人が既に死んでいるかも、なんて言って良いものか。
確証はないけれど……限りなく正解には近い。なによりも、近衛兵が皇帝陛下から勅命を受けた極秘任務。きっとアリアンネが一枚噛んでいる事は容易に想像出来るものだ。
そんな案件を、フィノはよく知っている。
「な、なんでもないよ」
しどろもどろになりながら答えたフィノに、ライエはそれ以上尋ねてこなかった。彼女の心配事は父であるサルヴァのことだけ。余計な事を気に掛ける余裕はないのだろう。
それがかえって好都合だけれど……結局、彼女へ秘密にしておくことなど、フィノには出来なかった。
===
牢獄を出て、憂い顔をするライエにフィノは自分が知る全てを打ち明けた。
二月前に起きたであろう惨状をフィノが見聞きした情報を踏まえて語ると、ライエは目を見開いて絶句した。
その表情には様々な感情が渦巻いている。けれど、彼女は父親が殺されたかも知れないという話を聞いても泣き出したりはしなかった。
雑多な激情の中から浮き出たものは、哀しみなどではなく……驚愕と、純粋な怒りだった。
「フィノはそれを見た? 父がその人を殺すところを見たの!?」
「みっ……みてない」
「だったらッ! あなたの師匠に、直接話を聞くまで私は信じられない」
声を荒げたライエの主張は間違ってはいない。彼女は、父親が人殺しなどするはずがないと信じているのだ。
その気持ちはフィノにも理解出来るものだ。魔王が公王を殺したと聞いた時、ユルグはそんなことはしないと信じ切っていたのだから。
ライエの考えを過ちだと糾弾することなど、フィノには出来ないのだ。
「私も一緒に連れて行って」
「……っ、でも」
ライエの提案に、フィノは尻込みした。
ともすればユルグはライエにとって父親の仇なのだ。安易に引き合わせることなど出来ない。けれど、フィノがここで拒絶しても、ライエは諦めないだろう。彼女の決意は簡単に揺らいでしまうものではないのだ。
「ライエは、ユルグに会って……どうするの?」
フィノの問いかけは酷く単純なものだった。
――話を聞き終えた後に、報復をするのか。
ライエに問い質したい真意は、フィノにとっても重要なことだ。彼女の答え如何によっては、フィノは何としてでもそれを阻止しなくてはいけない。
「私は……わからない。自分がどうしたいのか。父が殺されたことだって受け入れられないし、父が誰かを殺したことだって信じられない。だから……どうしたいのか、わからないの。でも、会って話しをしないと答えは出せないと思う。私がどうしたいのか。知らないといけないから。だから」
――一緒に連れて行って。
まっすぐにフィノの目を見つめて、ライエは懇願した。
それにただ頷くことしか、フィノには出来なかったのだ。




