変わりゆくもの
誤字修正しました。
三人と別れて、フィノは王城から出ると城下町へと来ていた。
というのも、フィノがユルグの元へと向かう事を知ったアリアンネが、先ほど馬車の手配をしてくれたのだ。
最短距離でシュネー山へ向かうには北からの山越えがベスト。流石に馬車で山の急斜面は登れないから道中まで送ってもらう手筈である。
その為、皇帝直々の書状と手付金を持ってフィノは馬車の停留所へと向かっているのだ。
けれど、その道中である人物に遭遇する。
「こんな所で会うとは奇遇だね」
先にフィノに気づいて声を掛けてきたのはライエだった。
「ライエこそ、どうしてここにいるの?」
基本的に彼女は人目を避けて暮らしている。こうして王都に赴くのだって仕入れた毛皮を売ったり入り用な物を買ったりするときだけだ。
だから彼女以上にフィノの方が驚いている。
瞠目しながら尋ねたフィノに、ライエは素直に答えてくれた。
「ここには用事があって来たのよ」
「んぅ、用事?」
「そう。先日、皇帝陛下からお触れが出たでしょう?」
さも当たり前もように告げたライエの一言にフィノは見当が付かなかった。ここ数日は客室に籠もりっぱなしだったし、それほど世情に聡いわけではない。人が多い王都の城下町が近くにあっても、ライエに教えてもらうまでフィノはその事については何一つ知らなかったのだ。
「あれ? もしかして知らなかった?」
「う、うん……なんだろ」
「先代の皇帝が定めていた法制が変わったの」
「……ほうせい?」
国が定めた決まり事であることはフィノにも理解出来た。けれどライエの言うそれが何を指しているのか、それがまだピンと来ない。
「変わったのはハーフエルフについてね。今まで色々と制約が掛かっていたのが撤廃されたのよ」
「へえぇ、そうなんだ」
詳しくは知らないけれど、これには度々フィノも遭遇していたからぼんやりとわかった。
店で当たり前のように食事や買い物も出来なかったり……先日も王城の警備をしている兵士に門前払いされた事もあった。これは記憶に新しい。
暗黙の了解で行われていた所業を、新たに定めた法で禁止されたのだとライエは説明してくれた。
「私がここに来たのは、父に会うためなの」
「おとうさん?」
彼女は嬉しそうにフィノに話してくれた。
確か、以前彼女に聞いた話ではライエの父は窃盗の罪で捕まっていると言っていた。きっと捕らえられているのがここ、帝都なのだろう。
けれど、彼女の父親は五年前に捕まったと聞いた。ライエの口振りではその間に一度も会っていないように感じられる。
「今まで会えなかったの?」
「そうよ。ハーフエルフは何をするにも制限が掛かっちゃうの。そのせいでお金を貯めて保釈金も払えなかったし、監獄に会いに行っても門前払い。相手にもされなかった」
――でも、とライエは続ける。
「皇帝陛下が制度を変えてくれたおかげで、やっと私でも父に会えるようになったってこと」
「そうなんだ!」
先ほどから彼女の笑顔が絶えないのはその理由があったからだ。
長らく会えていなかった父親に会える。嬉しそうなライエを見ているとこちらも嬉しくなってくる。
「でも、一つ問題があって」
「……何かあったの?」
「ええ、ここの牢獄の看守がものすごく意地が悪いやつでね。法が改まったからといってもお前のような邪血は通せない、って追い返されてきたところなの」
そう言って、ライエは大きく息を吐いた。
けれど、こういったことはそれほど珍しくないらしい。幾ら法で禁止されていてもそれを守る側の人が遵守しなければ意味がない。もちろん罰則は少なからずあるけれど……エルフの中にはハーフエルフのことを快く思っていない者も居るのだ。
「んぅ、それじゃあ困っちゃうね」
「施行されたのは数日前の話だし、時間が経てば解決するはずだから……会うのはまたの機会ね」
「でも、ライエ。すぐに会いたくないの?」
まっすぐに目を見据えて問うと、彼女は視線を下げた。
「会いたいけれど……こればっかりは仕方な――」
「そんなことない!!」
突如大声で反論したフィノに、ライエは目を見開く。
すぐそこに居て、会えるのならば彼女は会いに行くべきだ。それが難しいと言うのならば、フィノは協力を惜しまない。
急いでいる身ではあるが……彼女には世話になったのだ。だから、恩人が困っているのならば手を差し伸べたい。
「私に任せて!」
「任せてって……何をするつもり? 賄賂でも握らせるの?」
「んんと……もっと簡単にしよう!」
刹那に浮かんだ妙案に胸を張って宣言したフィノを見て、ライエは怪訝そうな顔をするのだった。




