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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第三章
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来たるその時

 ユルグを待つ間、フィノは王城で世話になることになった。

 といっても待っている間に何をするでもない。与えられた部屋に籠もって、剣を磨いたり持ち出してきた石版の写しを解読したり。

 ゆっくりと時間を消費しながら、それでもフィノは酷く落ち着いていた。


 悲観もしていなければ動揺もしていない。まるで自分の心だけが別物にすげ変わったみたいだ。


 ……全てを終えたらまた元通りになれるんだろうか。


 ふとそんなことを思って、それはないのだとフィノは落ち着いた心持ちで思考する。


 ユルグを殺すということは、魔王であるから死なない事とはまた別の問題なのだ。

 自らで手を下すこと。それによって彼の命を絶ってしまうこと。それをしてしまったが最後、以前のように笑うことなど出来ないだろう。

 けれどユルグが……フィノの大切な人がそれを望むのなら。例え自分を犠牲にしてでも叶えたいと思ったのだ。


 だから、何があっても成し遂げなければならない。


 今まで何遍も唱えてきた誓いを心に突き立てて、フィノは来たるべき時に備えて雑念を振り払う。



 しかし、フィノの目的はユルグを殺すこと。その一点のみに留まるものではない。その先も彼女はしっかりと見据えているのだ。


 以前、マモンに尋ねたことがある。

 ユルグの寿命が尽きたのならどうなってしまうのか。死なないとは聞いているが、どうにも表現が漠然としすぎていて実感が湧かなかった。


 マモンが言うには、例え魔王の器であっても肉体的な死を迎えると、普通の生物のように死に絶えるのだという。

 例えば……首を撥ねたり頭を潰されたり、心臓を刺されたり。魔王の器であるから身体が頑丈になったり傷を負わないというわけではない。


 けれど、マモンが……魔王がついている限り、すぐに死ぬ事は無い。

 これについてはフィノも想像が付かなかったが、以前目にした不死人や黒死の龍と同じようなモノだとマモンは説明した。


 要は肉体が腐った状態でも動き続けることが可能なのだ。けれど、そこに本人の意思は介入しない。そうなってしまえば肉体の主導権を握るのはマモンになるのだ。

 しかし、普通の人間のように心臓が動きを止めたからといって、すぐに意識がなくなることはないのだそうだ。

 そこは瘴気のおかげか。器であることの恩恵なのか。すぐにユルグがいなくなるわけではない。その猶予がいつまでなのかは、マモンが溜め込んでいる瘴気の量によって変わってくる。


 彼の力の源泉は瘴気である。魔王という役割を成しているから、滅多にないことだが……彼が内側に内包している瘴気がなくなってしまえば、マモンはあのように実体を持って存在できなくなるのだと言う。

 とはいえ、大気中には微量ながらも濃度の低い、身体に影響を及ばさない程度の瘴気は存在しているし完全に彼が消失することはない。


 ――つまり、今までユルグを苦しめてきた瘴気に、多少ながらも生きながらえさせてもらえるということだ。

 なんとも皮肉な話ではあるが……フィノにとっては僥倖である。


 死にたがっているユルグには悪いが、彼には殺した後でもまだ生きてもらわないとならない。

 最期くらい大事に想っている人の傍で、穏やかに過ごしてもらいたいのだ。

 彼だってこのまま我が子に一目も会えずに死にたくなどないはず。


 フィノはユルグの望みを叶えるために、こうして覚悟をしてきたのだ。

 だったら、最期くらいフィノの願いだって聞いてくれても罰は当たらないじゃないか。

 恩返しにはならないかもしれないけれど、自己満足でもそれくらいさせて欲しい。


 それが、フィノが抱く心の底からの願いなのだ。




 ――それから、八時間後。

 フィノが王城へと辿り着いて、二日後の早朝。


 ついに、その時が来た。


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