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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第三章
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歪な順応

 出立する準備を済ませたフィノは小屋を出た。


 ――目的地はアリアンネの待つ、帝都ゴルガ。

 ユルグを追うことは諦めて、先回りしようという魂胆だ。


 どうせ彼はルトナークの国王も殺すつもりなのだ。それを追いかけた所で何にもならない。だったら全ての結末に間に合うように動かなければ。


 心を引き剥がして未練を捨てたフィノの足取りは軽いものではなかったが、それでもまっすぐに迷いなく、淀みないものだった。



 ――七日後。


 これまでの道順を辿って、帝都ゴルガへと辿り着いたフィノは真っ先に王城へと向かった。以前とは違って警備の兵士はすんなりと通してくれた。おかげで苦労なくアリアンネの元へと辿り着けたフィノは、開口一番。彼女に宣言をする。


「フィノは……私は、アリアを助けない」


 面と向かって告げると、彼女は少しだけ表情を変えた。そこには僅かばかりの驚愕が滲んでいる。


「別に構いませんが……以前は彼を止めると言っていたのに、どういう心境の変化ですか?」

「あっ、……あなたには関係ないこと、だから」

「そうですか。話したくないのならわたくしも無理に尋ねません」


 フィノを一瞥して、アリアンネは一つ息を吐き出した。そうして、心の底からの言葉が口をついて出てくる。


「貴女もわたくしも……変わりましたね」


 彼女の眼差しからは感情の機微を感じ取るのは難しい。けれど、今のフィノを見れば誰だってそう言う。


 ここに辿り着くまでの七日間。フィノは必死に心を殺してきた。

 けれど心根は今までの彼女と何も変わらない。それでも……気を抜けば、こんなことは間違っていると弱音が出てきてしまうのだ。もっと他に方法があるはずだ、なんて世迷い言を絶えず考えてしまう。


 そんな甘い考えでは、最後の瞬間に失敗してしまう。もう二度と違えてはいけないのだ。


 だから……ずっと。ここまでずっと、頭の片隅で唱えてきた。


 ユルグは今どこにいて、何をしているんだろう――でも、殺さなきゃいけない。

 エルやカルロは変わりないだろうか。彼らに連れ帰ると約束したけれど――それでも、殺さなきゃいけない。


 そうやって、自分に暗示を掛けてここまで来たのだ。



「それで、貴女はどうするつもりなのですか? わたくしを見殺しにするのは構いませんが、自らの役目を自覚していないわけではないのでしょう?」


 さして動揺もなく平常通りに問い質すアリアンネに、フィノはまっすぐに見つめ返して答えた。


「私は、あの人を殺しに来たの。争うために来たんじゃない」

「それは同じことではないのですか?」

「違うよ。全然違う」


 否定したフィノに、アリアンネは不思議そうに首を傾げた。


 ユルグを憎んでいるわけでも、ましてや彼を止めたいわけでもない。

 ただ、フィノに出来る事がこれしか残っていないから。だからここに居るのだ。


 それを説いた所で、アリアンネが理解を示すとは思えないが……案の定、彼女は「そうですか」と、素っ気ない物言いをした。


「もうすぐ殺されるわたくしには、知っていても知らなくても大差ないことですね」

「……ユルグはいつ来るかな」

「数日前にルトナークの国王が亡くなったと訃報があったので、そろそろだとは思いますが」


 所感を述べるアリアンネだが、それを聞いてフィノは一抹の不安を覚えた。

 ユルグがアリアンネを殺しに来るのならば、この王城へと乗り込んでくる形になるはずだ。そうなれば城を警備している兵士と剣を交えることになる。


 村で会った時のユルグの身体の状態は、お世辞にも良いとは言えなかった。

 国王を始末してここまで戻ってくるのだって大変なはず。他国の王が殺されているのならば当然、国王だって警備を強化する。ガチガチに固められた包囲網を真正面から突破するのは、ユルグであっても難儀するはずだ。


 きっとフィノが会った時よりも目も当てられない状態だろう。彼が自分の身体を気遣わないのは目に見えているし……そんなユルグがこの城の警備を突破できるだろうか。

 それがフィノの抱いている憂慮だった。


 余計な心配かもしれないが、フィノはユルグを殺す為にここに居るのだ。乗り込んでくる最中に間違いがあって命を絶たれては堪ったものではない。魔王であるから死にはしないだろうが、きっとそういう問題ではないはずだ。


「大丈夫ですよ」


 フィノの憂い顔を見て、アリアンネは見慣れた微笑を浮かべた。


「城の警備は国王の訃報を聞いた時から最低限の配置にしています。それほど苦労はしないと思いますよ」


 ――この状況下で警備を手薄にするのは骨が折れましたけど。


 そう言って、アリアンネは呑気に笑っている。自分が殺されると分かっていて、こうも笑顔を振りまけるのだから正気の沙汰ではないのは事実である。

 けれどそれを言うのならフィノだって大差ない。大好きで大切な師匠を自らの手で殺そうとしているのだから。


「わたくしの予想では、彼がここを訪れるのは深夜か早朝のどちらかでしょうね。なるべく警備の手が空いている時間帯を狙うはず。ですから……まだ時間はたっぷりあるということです」

「……だからなに?」


 身構えたフィノに、アリアンネはにっこりと微笑んで――


「ですから、お茶でも飲んでゆっくりしましょう。ずっと気張っていては疲れてしまいますから」


 やっぱり、変わりのない笑顔を向けるのだった。


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