終止符を打つ
片手に剣を持ったまま、フィノは迫ってくるユルグと対峙する。
どうしてか、ユルグはフィノへと接近することを第一に動いているようだ。
けれどそれだと少しおかしい。遠距離から魔法を駆使して戦われては、ユルグが近接戦闘を挑んでくるよりも厄介であることは、今の攻防を見ても彼だって理解出来ているはずだ。もちろん、フィノもそうである。
ユルグの手管の多さにはフィノではどうあっても敵わないのだ。
フィノの得手をあえて潰すためにこうして接近してくるのかとも考えたが……その方法は確実では無い。
距離を詰められれば先ほどユルグを吹き飛ばした状況に再び陥る可能性だってあるのだ。それをお師匠が考慮しないわけはない。
きっと、それ以外の意図があるのだ。
だったらフィノはそれを逆手に取って攻めるのみ!
無遠慮に距離を詰めてくるユルグを見据えて、フィノは空手の左手で剣にエンチャントを施す。
――十八番の風魔法を付与した斬撃。しかし……今回はいつものとは少し違う。
あと数歩で手が届くという距離で、フィノは風魔法を付与した剣をそのままユルグへと投げつけた。
「――ぐっ!」
急加速して迫ってきた刀身を、ユルグは咄嗟に生身の左腕で受ける。けれどそれだけでは彼の足は止められない。
肉を切り裂いて弾かれたそれを尻目に、尚も突っ込んでくるユルグにフィノは――今の一瞬で地面に触れていた手を離した。
――と、同時に真後ろへと数歩下がる。
それを追い詰めるように、ユルグは踏み込んでくる。
しかしある一点――ユルグとフィノの間にある直線上に張られた罠を、彼が踏み抜いた直後。
視界を覆うように凄まじい爆風が巻き起こった。
上手くいった……けれど、喜んではいられない。
砂埃によって視界を塞がれたその一瞬の隙を縫って、フィノは畳み掛けるように真正面へと高威力の火球を放った。
灼熱を振りまくそれは、ごうごうと音を立てて砂壁の向こう側にいるユルグへと迫っていく。
けれど、こんなものでお師匠を倒せるとはフィノは思っていない。
案の定、ユルグは前面に張り出した〈プロテクション〉で、火球をいとも容易く防いだ。
その後の彼の行動をフィノは予測して、片膝をついて片手を固定した状態で集中する。
高威力の火球を障壁で防いだとしても、まっすぐに突っ込んでくるには火球の余韻が消えていないから不可能だ。
だから左か右か。どちらかに進路を変更してお師匠は迫ってくるはず。彼の左目は潰れていて見えないから、来るなら右側から。
だから、そこに照準を合わせて――撃つ。
放たれた炎弾は、フィノの狙い通りにユルグの右太股を貫通した。それに一瞬、ユルグの身体が傾ぐ。
ユルグの身体が痛みに鈍いことは、フィノも知っていた。けれど、幾ら痛みを感じなくても攻撃を受けて身体は平常ではいられない。筋繊維を断裂したのならば、変わりなく動ける事なんてないのだ。
だから、フィノが狙うのは足元。まずは機動力を奪ってそこから攻め立てる!
狙い通りに当てて二撃目を放とうとした矢先――フィノはある異変に気づいた。
「う……っ、使いすぎた」
魔術師といえど魔力が無限にあるわけではない。勇者であったユルグに比べると多い方だろうけど、使いすぎればいずれ枯渇する。
それに加えて、今まで短時間にこんなにも魔法を放ったことはなかったのだ。自分の魔力量を把握していなかったフィノは、ここでいきなり窮地に立たされてしまった。
魔力切れを起こした魔術師など、どんな場面であっても少しも役には立たない。
フィノの魔力量では、あと一度大きな魔法を使えるかどうかというところ。だから次で確実に隙を作りだして奇襲しなければ勝ち目はない。
とはいえ熟考している余裕などない。足を穿たれてもユルグはまっすぐにフィノへと向かってくる。一直線に迷いなく。
手を伸ばして触れられるには、五メートル。その間にユルグの足を止めて、フィノが有利に立てる状況を作るには、彼の意識を他に向けさせなければ。
限られた時間のなかで、フィノが選んだ一手は――
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右脚を打ち抜かれて、続けて炎弾が飛んでくると身構えたユルグだったが、直後にみせたフィノの行動に眉を寄せる。
フィノは固定していた片手から両手を突き出して、ユルグに狙いを定めたのだ。
この状況でどうしてそれを取るのか……ユルグには、あの光速で迫ってくる魔法弾を防ぐ術はない。なんせ目で追えない程の速度である。視認してから障壁を張ってもすり抜けていってしまう。
だから、フィノが使用する戦法でユルグに有効なのは風魔法による衝撃波と、あの魔法弾なのだ。
けれど彼女はそれを取りやめた。両手を前に出したということは、そういうことだ。おそらくあれを放つには土台を作る必要があるのだ。だから身体を支えるような構えをしていた。
それをわざと解いたということは……それが出来ないか。しないか。そのどちらかだ。
そこまで考えたユルグの面前には――先ほど防いだのと同レベルの火球が迫ってきていた。
おそらく……これはフィノの全力。持てる全ての力をこの一撃に込めたのだとユルグは理解した。
きっとここで勝負を決めるつもりだ。それならば……ユルグもここで決めなければ。
迫ってくる火球を前にして、ユルグは足を止めることはしなかった。
かといって、障壁を出して防ぐこともしない。
一度足を止めて防いでしまえば、その間の数秒はフィノを自由にしてしまう。そこで死角から近付かれてあの衝撃波を当てられてはそこまでだ。
だから――あと、五メートル。数秒の距離を猶予を与えることなく追い詰めて、終わりにする。
そうして、ユルグは迫り来る火球に突っ込んだ。
全身が炎に巻かれても足は止めない。
まっすぐに突き進んで――伸ばした左手がフィノの頭を鷲掴んだ。
戦闘描写はやっぱり苦手です……。




