歴然の差
氷弾を放って、二撃目の狙いを澄ましている最中。
暗闇にきらりと光る何かを見て、フィノは目を見張った。
瞬間――フィノ目掛けてまっすぐに飛んでくる投げナイフを視認して刹那、息を呑む。
今まで散々見てきたお師匠の戦術のうちの一つ。もちろん対処方法も心得ている。
これについては、どこかに突き刺さるまで衝撃を与えなければ込められた魔法が発動することはない。
つまり投擲に当たらずとも、剣で弾いたり払ったりしなければ大丈夫ということだ。避けてしまえば何も問題はない。
そう考えて、フィノは先ほど魔法を撃つ為についていた片膝を上げて、横に飛んだ。その瞬間に足元に放っていた剣を手に取ると、正面を見据える。
飛んできた投げナイフはフィノの背後にある廃屋の柱に突き刺さった。
「……え?」
その瞬間、背後でボンッ――と爆発音が鳴る。
音に驚いて振り向くと、家屋を支えていた柱が投げナイフに込められていた魔法の爆発により折れて、家屋全体がフィノを押し潰さんと頭上から迫ってきていた。
「う――わっ!」
倒壊してくる影から逃れるために、前のめりになって駆け出す。
先ほどのユルグの投擲は、フィノを狙ったものではなかったのだ。最初からフィノの背後にある廃屋を狙っていた。弾かず避けることを見越しての戦略。
そのことに遅ればせながら気づいた瞬間には、投げナイフの投擲直後に走り出していたであろうユルグが、瓦礫の波から逃れてきたフィノに迫っていた。
伸ばした左手が、フィノの顔面を掠めていく。
すんでのところで接触を免れたフィノは、距離を離すように後退した。
「やっぱり動き回られちゃ、難しいか」
ユルグの呟きに、フィノは彼の目的が何かを見定めるために思考を巡らす。
お師匠の今の不可思議な行動に、フィノは内心驚いていた。てっきり殴るか蹴るかされると思っていたのだ。けれど彼は絶好のチャンスにも関わらずそれをしなかった。ということは、他に何かしらの目的があったということだ。
極力弟子を傷つけたくないと思っているのか……何はともあれ、先ほどの手で触れようとした所作は何かしら意図があるものだ。
それを察したフィノは、俄然ユルグの動きに警戒する。
見たところ……先ほどから使っているのは左腕のみだ。右腕は動かせないのか、下げたままである。一先ず左手の所作に目を光らせておけば良い。これはフィノにとって有利な状況と言えるだろう。
――となれば、次のユルグの行動は……さっき仕損じた事を確実に成す為に、フィノの動きを封じてくるはず!
そこまで結論が出たところで、ユルグは空いた距離を詰める代わりに、再び投げナイフを投擲してきた。
刹那、頭の中に浮かぶ選択肢。
一、――避ける。
二、――弾く。
確実なのは避けることだ。けれど、きっとユルグはそれを読んでいる。投擲の射程から逃れても、すぐに追撃が来ることを考えるとわざわざ罠に嵌まりに行くようなもの。
……もっと、別の方法でこの状況を切り抜ける必要がある。
とはいえ、投擲を弾くとしても問題は投げナイフに込められている魔法が何なのか。見当が付かないところだ。
瞬きをする合間に向かってくる投げナイフに嵌められている魔鉱石を見て、魔法の種類を見極める余裕なんて無い。
だから、ユルグが放った魔法が目眩ましなのか。それとも攻撃する為のものなのか。足元を捕らえて動きを封じるものなのか。色々な想像がつく分、判断が難しい。
対処を迷っているうちに、気づけば眼前にナイフの切っ先が迫っていた。
「うっ――この!」
咄嗟にフィノは手に握っていた剣で投げナイフを弾いてしまった。
直後、発動する魔法に身構える。
けれど、弾かれた投げナイフはカンッ――と飛ばされて、地面に落ちただけ。
「……え?」
それに目を見張った、フィノの足元に何かが放られた。
目で追ったそれは……青色に輝く魔鉱石だ。
「――ッ、まずい!」
息を呑んだ瞬間に、足元に氷域が作られていく。
瞬間的に息が白むほどに気温が下がり、足元から冷気が登ってくるのを感じながら、フィノは胸中で自らを叱責した。
先ほどの投擲はブラフだったのだ。
一撃目――家屋を狙った投擲に、次は避けるのを渋ると踏んでの囮。
状況を的確に判断して、瞬時に戦略を練る。
フィノに足りないのは、それを可能にする機転と圧倒的な経験。それがあるユルグは、どうあってもフィノより何倍も上手である。
真正面からやり合っても勝てないうえに、策を練っても更に上をいかれる。ともすれば諦めそうになるが……泣き言は言っていられない!
「うおりゃああ!!」
雄叫びを上げて、フィノは右手のひらを正面に掲げる。
左手は真横に掲げて、同時に〈ファイアボール〉を放つ。
正面はユルグへの牽制。真横へは脱出口の確保。
地面から突き出している氷柱を火球でへし折って、フィノはなんとか氷域から脱出する。足元が凍り付く前に抜け出すことが出来たが、あの状況に陥るまで十秒も無かった。グズグズしていたら呆気なく捕まっていたことだろう。
けれど、抜け出した所で落ち着く暇はどこにもない。
「ははっ、逃げてちゃ俺を倒せないな」
「――っ、わかってる!!」
正面のユルグへ放った〈ファイアボール〉は、然程足止めにはなりはしなかったみたいだ。
氷域から抜け出したフィノを追うように、再び距離を詰めてくるユルグを見遣って、フィノはそれをまっすぐに見据える。
何をしてもお師匠に勝てないことは、今の攻防で嫌という程に思い知った。
だから……フィノに残されているのは、一つだけ。
以前ユルグが褒めてくれた、フィノの長所。彼が持ち得ないものを駆使して、この対決を制する。
それしか、フィノが自らの師に勝つ術は無いのだ。




