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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第三章
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師弟対決

 

『止めたいなら殺す気でかかってこい』


 矛盾している物言いに、フィノは身を竦ませた。


 ユルグを止めるには最早それしか方法はないことは、フィノも薄々感づいていた。殴ってでも止めると決めていたが、いざその状況になるとすぐに身体は動いてはくれない。


 何よりも彼の言い分はあながち間違いでも無いのだ。

 今のユルグは簡単に倒せる相手ではない。フィノの師匠で、元勇者である。それだけでも苦戦することは必須だというのに、それに加えて魔王の器でもあるのだ。

 殺そうと思っても殺せない。彼をどうにか無力化するには気絶させる以外手は無いのだ。だから本当に、殺す気でかからなければユルグは止められない。


 シャッ――と。

 金属が擦れる音が響いた。剣が鞘から抜かれた音だ。それを耳にして、ユルグは本気なのだと気づいた。


 立ち塞がるならば容赦はしないと。言外にそう言っているのだ。


「お師匠、ま――ッ!」


 未だに対話を望むフィノに、ユルグが取った行動は無遠慮な斬撃を見舞うこと。

 微かな殺気を感じてフィノが愛用の剣を抜くのと、頭上から鈍く光る刀身が迫るのは、同時だった。




 ===




 直後に、フィノは背筋に冷や汗をかいていた。

 安堵と緊張、それらがない交ぜになって臓腑を圧迫する。ピリピリと肌を突き刺す怖気に、ごくりと唾を飲み込んでフィノは対面するユルグを見据えた。


 あの刹那の一瞬で、フィノが取った行動は剣を抜いて剣撃を受け止めることだった。

 本来ならば避けるのが正解だった。けれど、どうしても足が竦んでしまってすぐには動けなかったのだ。


 自分の不甲斐なさを恥ながら、剣越しに感じる重みに、腕と肩が悲鳴を上げる。

 片手を刀身に添えて頭上からの重撃を受け止めているが、大きく振りかぶった大振りの剣撃は、真正面から受けるには重すぎる。

 咄嗟に剣で防いだけれど、こんなものは一時しのぎだ。鍔迫り合いになればフィノでは力負けしてしまう。


 そもそも、ユルグに正面からぶつかって打ち負かせるとは、フィノは思っていない。接近戦は仕掛けたら負ける。だから――お師匠を相手取るのならば、遠距離からの引きの一手だ。



 そこまで考えたところで、続いて二撃目が振られる。

 先と同じ大振り……ならば――フィノはそれに、横から思い切り刀身をぶつけて弾いた。

 狙いが微かにずれたのを見て、一瞬の隙を見逃さずにフィノはすかさず後退して距離を保つ。

 けれどそれを見透かすかのように、フィノの後退に合わせてユルグも踏み込んでくる。なんとしても攻撃の隙を作らせまいとしているのだ。


「……っ、しつこい!!」

「狙いが見え見えなんだよ!」


 今の攻防で、完全に迷いが吹っ切れた。

 こうして剣を交えることに怖じ気づいていては、ユルグを連れ帰ることなんて出来っこないのだ。だったら本気で挑まなければ。何を言っても止まってくれないのならば、最早これしか方法は無い。


 しかしこのように肉薄されてしまうと、魔術師は何も出来ない。ユルグもそれを分かっているのだ。フィノは少しばかり剣の心得があるからまだマシだが、それでもついさっきそれは悪手だと結論が出たばかり。


 彼を出し抜くには、虚を突く必要がある。突拍子も無い……あっと驚くような策が必要なのだ。

 だったら――と、フィノはある作戦に打って出ることにした。



 再び迫ってくるユルグを見据えて――フィノは、手に持っていた剣を放り投げた。

 取りこぼした訳では無い。わざと足元に放り投げたのだ。


 それにユルグは一瞬だけ躊躇する。今のは明らかにわざとだった。この状況で剣を取り落とすなど、フィノがするはずが無い。だったら何か思惑があってそうしたに決まっている。

 けれど、罠だと知っていてもユルグは振り抜いた剣先を下げることはしなかった。


 空手の無防備な状態に、重い一撃が降ってくる。

 それをまっすぐに見据えて――迫ってくる刀身に空いた左手で触れる。


 直後――凄まじい力で、ユルグの握っていた剣が弾かれた。それはいとも簡単に彼の手中から剣を奪っていく。不可思議な衝撃は剣を弾くと共にそれを握りしめていた手の感覚さえも奪っていった。左手の痺れに一瞬意識を奪われていると、次いで完全に意表を突かれたユルグの胴部に、今度は右手が添えられた。


「お師匠、離れて」


 それに声が返ってくる前に、ユルグの身体は後方に吹っ飛んでいった。



 何の受け身も取れずに、衝撃を殺す間もなく吹き飛ばされるまま、倒壊した家屋へと突っ込んでいく。


「う……やりすぎたかも」


 瓦礫が崩れる音を聞きながら、フィノはそれに固唾を呑んだ。


 自分がしでかした事だが、今の魔法……風魔法による衝撃波は人間に使用するものではない。本来ならば武器を弾いたり、人よりも遙かに頑丈な魔物に用いるものだ。少なくともフィノはそれが正しい使い方だと認識している。

 大の大人を軽々吹き飛ばしてしまう威力だ。それを生身に受けるとどうなるか。骨は簡単に折れて、最悪粉々になってしまう。それだけならばまだマシな方。当たり所が悪ければ、内臓も損傷してしまう。


 たったいまユルグに使用した魔法はそれを考慮して威力を抑えたものだ。それでもあの威力である。

 心配などする余裕もないし、戦闘中に気遣うなど甘いことだとは承知している。けれど……フィノは何もユルグを傷つけたいわけではないのだ。

 流石に無傷で彼を止められるとは思っていないけれど、家に連れ帰ると言っているのにそれが困難になるほどに痛めつけては意味がない。


 吹き飛ばされたユルグの動向を伺っていると、ガラガラと瓦礫を退かす音が聞こえてきた。

 それに一先ず安堵して――フィノはすぐさま次の一手を用意する。


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