秘めた想い
少しだけ拍子抜けしたフィノは、恥ずかしさを誤魔化すために掴んでいたユルグの腕を離して倒壊した家屋に駆け寄る。
しゃがみ込んで朽ちた柱を引き抜こうと躍起になっていると、傍にユルグが来て手を貸してくれた。
「久しぶりだな……一年振りか?」
「……うん」
「あの後、村の連中に何か酷いことされなかったか?」
「ううん、大丈夫」
「カルロに話は聞いていたよ……元気そうで安心した」
思いがけない言葉に、フィノは面食らってしまった。ユルグがフィノを心配することなど、今まであっただろうか。
一年前の記憶を辿る限りでは、あまり思い当たる節は無い。けれど、カルロが言っていた。
『私が向こうに行くと、必ずフィノはどうしてるって聞かれるんだ。だから、あれでも自分の弟子のことはちゃんと心配してるんだよ』
あれは言葉通りの意味だったのだ。
以前のユルグであればこうして面と向かって、言葉にしてフィノを気遣うことなんてなかったはずだ。それが変わったのは……きっと、この一年とても充実した時間を送れていたからだ。大切な人と愛し合って、幸せな時間を過ごせたから。勇者として旅立って、その間一緒に居られなかった時間を取り戻すように。この一年はユルグにとってとても穏やかで幸福な時間だったろう。
こうなる前の、一月前のユルグはフィノの知らない彼だった。それこそミアの知る、昔の優しいユルグと同じで……そんな彼に、出来る事ならフィノも会いたかった。
「ゆ……ユルグは、フィノのこと心配してたの?」
「俺はお前の師匠なんだから、当たり前だろう」
「うっ……前は口が裂けてもそんなこと、言わなかったよ!」
「まあ、そうかもな」
その口元に一瞬浮かんだ微笑は……けれどすぐに消えてしまった。
まるで無理に笑顔を作らないようにしているみたいだ。今のユルグの心情を思えばそれも当然と思うが、それでもフィノはユルグの笑った顔をまたみたい。
だから――
「お――」
「――フィノ」
突然名前を呼ばれて、フィノは言いかけていた言葉を引っ込めた。
「お前、喋るのが上手くなったんじゃないか?」
「う、うん。沢山練習したから」
「そうか……なら、俺が教えることはもう何もないな」
それだけを言い残して、ユルグは柱を一気に引っこ抜くとフィノをその場に置き去りにして広場へと向かった。
慌てて追いかけて、その背中に声を掛ける。
「……っ、いやだよ。フィノはまだユルグと一緒に居たい」
フィノの訴えにユルグは何も答えずに、死体の山の上に置いた柱に炎魔法を放つ。
乾いた木材に燃え移った火は、瞬く間に死者の肉体を食い尽くしていく。
煌々と燃える炎と、焼ける肉の臭いの中。じっとそれを見つめる。
「ここには、墓参りに立ち寄ったんだ」
「……お墓?」
いきなり聞こえた言葉にフィノは首を傾げた。
「俺とミアの両親の墓があるから」
「……そうなんだ」
「花でも供えようと思ったけど、今の時期じゃどこにも咲いてないんだな」
ラガレットのように雪は降っていないが、それでも今は冬期である。温かくなればそこら辺に花でも咲いているだろうが、今は枯れ木と乾いた地面しか見えない。
「お師匠……」
俯いたユルグに、フィノは声を掛けた。
聞こえたそれに顔を向けたところで……先ほど言いかけた事を、フィノは意を決して告げる。
「みんなのところ、戻ろう?」
彼はわざとあの話題に触れていなかった。ミアのことにも、ヨエルのことにも。当たり障りの無い話をして、なんとか対面を取り繕っている。そんなふうにフィノの目には見えた。
ユルグがわざとそうしているだろう事を、フィノは見抜いていた。埋めたものを掘り起こされないように、必死に隠しているのだ。
けれど、こうしてユルグに出会ったのならばいつまでも目を背けてはいられない。まだかさぶたにもなっていない傷を抉る行為だというのは重々承知だ。
それでも、破滅に進もうとしているユルグを止めるにはこれしか方法は無いのだ。
「エルも、アルも……カルロも。みんな心配してるよ」
「……そうだろうな」
「それに……ユルグは、ヨエルの傍にいてあげなくちゃ」
縋るように手を取ると、ユルグはそれに応えるようにフィノを見つめて呟いた。
「それだけは出来ない」
「……っ、どうして!?」
「どうしてもだ。出来ないんだよ」
力なくかぶりを振って、ユルグは項垂れた。
どうしてユルグがここまで頑ななのか……フィノには判然としないが、彼は出来ないと言った。どうしてか、その一言が脳裏に引っかかった。




