懐かしの再会
夜が明けきった早朝に、フィノは樹洞から旅立った。
決意を新たに、自分のすべきことをじっくりと見直したけれど、やはりユルグに追いつかなければ話は始まらない。
だから、今は少しでも早く進むことだけに集中するべきだ!
ただひたすらに黙々と歩き続けて――二日後。
フィノはヘルネの街へと辿り着いていた。
時刻はちょうど、昼を少し過ぎた頃。けれど、どうにも騒がしく感じるのは……気のせいでは無さそうだ。
ルトナーク王国との国境付近にあるこの街には人が沢山集まってくる。その中にはガラの悪い連中も含まれているが……彼らが起こす喧騒とはまた違った慌ただしさが渦巻いていた。
「んぅ……何かあったのかな?」
街の大通りを適当に歩いても、やはり一年前とは少し様子が違うように感じる。疑問は残るが、今のフィノにはそれを気にしている余裕はない。
フィノの立てた予想では、ここ数日の間にユルグがここを訪れた可能性があるのだ。多少前後するかもしれないが、迷いの森を抜けてルトナークへと入るならば、この街を通っているはず。
何でもいい。まずはユルグに関する情報を集めなければ!
大通りの真ん中で意気込んだ瞬間に、聞こえてきた腹の音と――背後から声が聞こえてきたのは同時だった。
「もしかして……フィノ?」
「え?」
聞こえた声に振り返ると、そこには見覚えのある人物がフィノを見つけて驚きに目を円くしていた。
「やっぱり、フィノじゃないかい!? 本当に久しぶりだねえ!」
「――っ、ラーセさん!?」
声を掛けてきた人物は、一年前にこの街でとてもお世話になった……宿屋の隣で食事処を営んでいる女店主のラーセだった。
快活そうな声で笑っているその様子は一年前と何も変わらない。それに嬉しくなって、脇目も振らずに抱きつくと、彼女もまた嬉しそうにフィノを抱きしめてくれた。
「どうやら元気そうだね。あの後どうしているのか、何の音沙汰も無かったから心配していたんだよ」
「ラーセさんも、げんきそう」
「アタシはこの通り、バリバリ働けるくらいには元気さね!」
食材の入った袋を両手に持って、ラーセは笑顔で応える。
本当に何も変わっていない。あの時のままの彼女に、フィノは心の底から安堵した。と、同時にまたも腹の音が鳴る。
「はははっ、良かったら何か食べていくかい?」
「いいの!?」
「そうだねえ、この荷物持ってくれたらお代はいいよ。ごちそうしてあげるよ」
上機嫌なラーセの提案に頷いて、フィノは荷物持ちになるとベルを鳴らして店に足を踏み入れた。
そこは一年前と何も変わっていない。懐かしい店内を見渡して、思い起こされるのは数日間の思い出だ。
ラーセには本当に世話になったのだ。彼女は何も知らない、世間知らずな娘のフィノに沢山の事を教えてくれた。彼女のおかげで、今のフィノがあると言っても過言ではない。
「それじゃあ、何が食べたいか言ってごらん」
「ええっと、……シチューがいい!」
「そう言うと思ってたよ。本当に好きなんだねえ」
「だって、ラーセさんが作るの、美味しいんだもん!」
誇らしげに胸を張って応えると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。その笑顔を見ると、なんだかフィノも嬉しくなる。
きっとここにユルグもいたらもっと楽しかった。あれからユルグも随分と変わったし、ラーセも丸くなった彼を見たらきっと驚くはずだ。大切な人もいて、子供もいて。そんな彼を見たのならば、ラーセならば心の底から祝福してくれただろう。
そんな妄想をして……胸の底からじわじわと哀しみが湧き上がってくる。
今となってはそんなのは、もう叶いっこないのだ。それが、どうしようもなく哀しい。それを悟られること無く表情に出さないでいると、ラーセはフィノをじっと見つめてきた。
「フィノ、あんた……喋るのものすごく上手くなったんじゃないかい?」
「うん、たくさん頑張ったからね」
ここまでの上達には半年はかかった。それもレルフが付きっきりで見てくれたおかげだ。ラーセが驚くのも無理はない。
「それじゃあ、お祝いにとびっきり美味いの作ってあげるから、少し待ってな」
「うん」
カウンターを隔てて宣言したラーセは奥の厨房に入って、早速調理に取りかかった。




