復讐者の来訪
サブタイトル、変更しました。
誤字修正しました。
――一月前。
アリアンネの面前に現われたユルグは血まみれだった。
それもそのはず、皇帝の住まう王城へと侵入したユルグは、邪魔をする兵士らを悉く斬り伏せてアリアンネの元までやってきたのだ。
彼の姿を見るならば、今どういう状況にあるのか。容易に想像がついた。本来ならばこのような強行に出る必要は無いのだ。未だ勇者として顔が利く彼が謁見を頼めば城の兵だって快く通してくれる。
けれどユルグはそれをしなかった。そんな考えが頭から抜け落ちるほどに、アリアンネに対して怒り心頭に発しているのだ。
「俺がどうしてここに来たのか。説明はいるか?」
静寂が支配する謁見の間。その最奥に位置する玉座に座っているアリアンネを、射殺すかのように睨み付けてユルグは尋ねた。
「いいえ、不要です。こうなることを望んでいましたから、貴方が来てくれて嬉しい限りです」
警備の兵が少ない早朝を狙った訪問に、それでもアリアンネはこれを予見していた。
全て自分で蒔いた種なのだ。それが上手く芽吹くかどうか。この数日間やきもきしていたが、目の前の状況を見るに、万事抜かりなく事は済んだ。
それを知って、アリアンネは口元に微笑を浮かべた。
「……っ、お嬢様!? 何を言っているのですか!?」
アリアンネの発言に、彼女の傍に控えていたティナが声を上げる。
ともすれば火に油を注ぐような発言だったのだ。彼女が声を荒げるのも無理はない。けれど、アリアンネは酷く落ち着いた様子でそれを窘める。
「貴女は黙っていてください」
「……っ、ですが!」
『アリアンネ! 馬鹿な事を言うのはやめろっ!』
次いで、ユルグの隣に立ち尽くしていた鎧姿のマモンが叫ぶ。
マモンは内心焦っていた。
このような失言を繰り返せばどうなるか。火を見るよりも明らかなのだ。
ユルグが帝都まで強行軍を強いた間、マモンも彼の傍に居た。何かの間違いだと窘めるマモンの声は一切彼には届かなかったのだ。
一番大切なものを奪われて、怒り狂っているユルグにはどんな言葉を掛けようが無意味である。それはマモンも理解していたが、それでもアリアンネが全てを仕組んでいるというユルグの意見には到底賛同出来るものではなかった。
だからマモンはユルグに猶予を設けてくれと嘆願した。
もし、彼女の口から関与していたと話されたのならば。その時は受け入れると。
だからそれまで剣を納めてくれと、なんとか約束をこぎつけたのだ。
それなのに、彼女はマモンの苦労を無かった事にしようとしている。
「魔王様には関係ないでしょう?」
今すぐに殺されてもおかしくはない状況なのにアリアンネは悠然と玉座に座っている。そこから逃げ出すこともせず、憎悪の眼差しを一身に受けているのだ。
「お前は黙っていろ」
『出来るわけなかろうが!』
「お前が騒ぐのは今じゃないだろ。こいつから全てを聞き終えた後だ」
マモンの心配を余所に、ユルグは冷静だった。
その格好こそ物騒ではあるが、少なくともアリアンネの話は聞くつもりらしい。それに安堵し落ち着きを取り戻したマモンを一瞥したユルグは、だが――と続ける。
「まあ、今の発言を聞いてもこいつが関わっているのは明白だろうな」
剣を握りしめたユルグに、誰よりも早く動いたのはティナだった。
彼女はアリアンネの手を取ると逃げるようにと懇願する。
「お嬢様、ここは逃げましょう。誰が見てもあの方はまともではありません」
「ティナ、黙っていなさいと言ったでしょう?」
そう言って、アリアンネはティナの手を払った。
主人の態度に困惑している彼女を見つめて、ユルグは確信した。きっとティナは何も知らないのだ。
「お前はこいつが何をしたのか。知らないのか?」
「……知りません」
「ははっ、そうだよなあ。知っていたらお前は必ず止めたはずだ。馬鹿な事はするなってな」
「なにを……」
ユルグの嘲笑にティナは困惑した様子で呆然としている。それを一瞥すると、今度はアリアンネへと目を向けた。
「わざと何も知らせなかった。そうだろ?」
「ええ、邪魔をされては面倒ですからね」
「……本当にそれだけか?」
突き刺さる視線に、アリアンネはそれでも涼しい顔をしていた。
それを見据えて、ユルグは続ける。
「お前はあの時、俺に聞いたよな? 大切な人はいるかって」
「そうですね」
「お前、俺に嘘を吐いたな?」
問うと、アリアンネの表情が微かに曇った。
「なんのことでしょう?」
「お前は自分にはもう居ないと言ったんだ。俺もそれに騙されたが、そうじゃない」
ユルグは昔と今のアリアンネは全くの別物だと考えていた。けれどそれは違うのだと、今この瞬間に気づいた。
あの時の台詞は、そう思わせるための布石。事が済んだ後、ユルグが余計な物に目移りしないために……まっすぐに自分だけに殺意を向けてくれるように、わざとそうみせていたのだ。
「――アンタは、何も変わっちゃいないんだよ」
そうであったのならば、いつまでもティナを傍に置いておくはずはないのだ。
それに事が済んだ後、全てを秘密にしておく理由もない。
アリアンネにとってティナがどうでもいい存在ならば、彼女が悲しもうが自分を恨もうがどうだっていいのだ。
けれど、どうしてもそれだけは出来なかったのだろう。だから何も知らせずに自分の傍に置いて守っていた。一番大切な物は、いつだって自分の傍に置いておくものだ。
「……ずっと考えてたんだ。ここまで来る間、どうやったらお前が苦しんで死んでくれるか、それをずっと考えていた」
そう言って手中にある血濡れの剣を見つめて、ユルグはアリアンネに問う。
「だから、俺が何をしたいか。言わなくても分かるだろ?」
一歩踏み出すと、アリアンネはそこで口を開いた。
「そうですね。貴方の気持ちは痛いほど分かります。けれど、あの時の事は嘘などではありませんよ。わたくしには」
「――ッ、だったらッ! お前の口から全てを話せ! そうしてくれなきゃ、俺はお前を殺せない」
奥歯を噛みしめて、痛切に訴えるユルグにアリアンネは静かに頷いた。
そうして、ゆっくりと事の顛末を話し始めたのだ。




