新米勇者の忙しい日々 4
「あんまり遅いとどやされちまう。さっさと行こうぜ」
「うん」
店の外で待ってくれていた二人と合流して、武器屋を出た一行が次に向かったのは、雑貨屋である。
ここでは長旅に必須の携行食や頑丈な背嚢。道具をいれる雑嚢に、寝袋。その他諸々を調達する。
「こういうのは必要最低限、用意しとけばなんとかなるもんよ」
足りないものは現地調達!
それが旅の秘訣だとカルラは言う。
荷物が多ければそれだけ負担になるし、いざという時にすぐに動けない。それでも野営の道具など、削れないものは用意しなければならないので、必然的に犠牲になるのは糧食の類いである。
だからそれらを現地調達で賄うのだと、そういう話だ。
「どんなに過酷な旅でも美味しいご飯が食べられれば、まあなんとかなるっていうのが私の持論なの」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、間違っちゃいねえな」
自信満々なカルラの持論に、グランツが相づちを打つ。
「美味い飯と酒がありゃあ、人生楽しく過ごせるもんだ」
「お主が言うと説得力があるのう」
「だろ?」
「なんでそんな得意げなのよ。褒めてないからね」
楽しげな会話が続くなか、雑貨屋の中を見てまわっていたユルグをカルラが呼びつけた。
「そういうわけで、長旅には相応の準備が必要になるってわけ。わかった?」
「うん」
「で、その荷物を誰が持つかって話になるんだけど……」
カルラはそう言って、皆の顔を順繰りに見遣る。
「エルは大荷物もって歩けないし、私はか弱い乙女。グランツもいい歳したおっさん。順当にいけば、この中で適任なのは若くて体力のあるユルグになるね」
「……かよわい乙女ぇ?」
誰よりも先に、カルラの発言にグランツが突っ込みをいれる。
「乙女って歳じゃねえだっ、」
「何か言った?」
「……いいや、なにも」
睨みを利かせたカルラにグランツはさっと口を噤んだ。
「女性に歳の話は無闇にしないものだ。口は災いの元と言うのでな。でしゃばりはああなる。覚えておきなさい」
「う、うん」
エルリレオの忠告にカルラは上機嫌に頷いた。
けれど、彼の言葉の真意にユルグは気づいてしまったのだ。今のエルリレオの発言は、むやみやたらに話すな、ということだ。
つまり、言外に言葉にしないならば心の中で思っていても問題はない、そういうこと。
普段から穏和なエルリレオでも、先ほどのカルラの「かよわい乙女」発言には思う所があったのだろう。実際、ユルグも気にはなった。
けれど、この場合突っ込んだら負けなのだ。グランツのようになりたくなければ黙っていろとエルリレオは親切にユルグへと忠告してくれた、というわけだ。
「なるほどなあ」
ためになる知識を身につけたところで、最後に魔道具屋へと寄る。
この店では何かと入り用な魔鉱石の補充に来たのだ。
カンテラに使ったり、火を起こしたり。今では様々な用途に魔鉱石が使われている。
ユルグの育った村でも、田舎ながらそういった魔鉱石を使った道具はあって、村に立ち寄る商人から買い付けていた。
とはいえ、一通り魔法を使える勇者一行ならばわざわざ店で買う必要は無い。空の魔鉱石に魔法を込めればいいだけだ。
だったら、何の用事で魔道具屋に寄ったのか。思案しているユルグの目の前で、カルラは突然、教鞭を執った。
「ユルグは、魔法使うの下手だからね。こういうのあった方が良いんじゃない?」
「えっ、……そうなの?」
「ううむ……覚えたてで仕方ないとはいえ、咄嗟に使えなければ意味がないからのう」
カルラの指摘にエルリレオも頷く。
二人からのダメだしに、ユルグはショックを受けた。覚えたばかりで上手く扱えないのは重々承知だ。それでも訓練次第でスキルは上がっていくものだと思っていたのだ。
けれど、二人の話し振りではそれにも限度があるといっているようにも聞こえる。
沈み込んだ思考を後押しするかのように、カルラは続ける。
「この間のグランツとの稽古試合、魔法使用ありでやってみたじゃない。それ見てて思ったんだけどね。剣振り回しながら魔法使うのはどう考えても非効率よ」
魔法の基本は集中だと、カルラやエルリレオは口を揃えて言うのだ。ユルグもそれは本当の事だと実感している。
それだけに集中するのと、襲いかかってくる敵の相手をしながら魔法を扱うのとでは難易度が段違いなのだ。
でも、だったらどうすればいいんだとカルラに尋ねると、彼女は店に置いてある魔鉱石を手にとって手の中で転がしてみせた。
「そこでこれを使うわけ!」
「どうやって?」
「うん、それは考え中。だけど、結構いい線いってると思うわよ。出来ないことを諦めるより他で補ってみたら案外上手くいったりするものなの」
掴み所のないぼんやりとした返答だったが、何となくカルラの言いたいことはユルグにも伝わった。
この事で悲観しなくてもいいし、出来るように一緒に考えてあげると言ってくれているのだ。
一ヶ月前に出会ったばかりの、勇者という肩書きを背負わされた世間知らずの少年であるユルグに、師匠であり仲間でもある彼らはとても親身になってくれる。
普通ならば面倒だと投げ出したって誰も責めないし、魔王討伐の旅は命がけなのだ。自分の命が惜しくなって逃げ出しても、それを糾弾は出来ない。当然のことだと思う。
けれど、誰もその事について文句も言わない。ユルグもその理由については未だ聞けないままだ。




