新米勇者の忙しい日々 3
依然、二人の言い争いは収まる兆しを見せない。それを見かねたエルリレオはユルグの手を引いて、くるりと踵を返した。
「そうとなれば、早々に買い出しを済ませるとするかのう。ユルグよ、儂らは先に行ってようか」
「え、いいの?」
「あれが終わるまで待っていたら日が暮れてしまう。金なら、ほれ。ここにあるのでな」
いつの間にかカウンターの上からくすねていた財布を掲げて、エルリレオは悪びれもなく笑って言う。
これに関してはユルグも彼の意見に賛成だ。二人の口論は長いし、それを聞いているのも疲れる。
二人を酒場に置き去りにして、エルリレオの買い出しに付き合う。
しばらくすると、口論を終えた二人が追いついてきて皆で武器屋、雑貨屋、魔道具屋……色々な場所を見てまわった。
最初に立ち寄った武器屋では、ユルグよりもグランツが年甲斐もなくはしゃいでいた。
一流の武芸者である彼は、大の武具マニアなのだ。彼の出先といったら酒屋、娼館、武器屋と容易に絞り込めてしまう。
ひとたび武器屋に入ってしまえば一時間は出てこない。そこに付き合わされるユルグはたまったものではない。
カルラもエルリレオも武具の類いについては、てんで興味もないのだ。だからユルグに白羽の矢が立つのだが……とはいえ、ユルグも二人と似たようなものである。
「おおっ、これ魔鋼鉄で打たれた剣じゃねえか! 滅多にお目に掛かれないレアものだ!」
「へえ、そうなんだ」
「こいつは鉄鉱石の中に微量な魔鉱石が混じってるから、魔法の伝導がすこぶるいいんだ。そのぶん希少なもんで、べらぼうに値は張るんだがな。しかもこうして武器に加工するのはかなりの技術が無いと難しい。刃渡りの大きい剣なんて打った日にゃあ、もはや神業ってやつだ!」
魔鋼鉄で打たれた剣の前に陣取って、グランツはうんちくを語り始めた。ユルグはそれを素直に聞いているが、あとの二人はどうでもいいと言いたげである。
「アンタがはしゃいでどうすんのよ。ユルグの剣を調達する為にきたんでしょうが」
「こいつに新品はもったいねえよ。俺のお古で充分だ。それよりも、これ買ってこうぜ」
希少な魔鋼鉄で打たれた剣を手にとって、グランツはにんまりと笑った。けれど、それの値札を見たら呑気に笑っていられるレベルではない。
「これ、アンタのへそくり全部とトントンの値段じゃない!? こんなの買ってる余裕あると思ってんの!?」
「そもそも、それを買ったところで何にもならんじゃろう」
グランツの馬鹿げた提案を一蹴して、二人はさっさと店の外に出て行ってしまった。
その後ろ姿を見つめて、グランツはしょんぼりと肩を落とす。よっぽど欲しかったらしい。その様子になんと声を掛けて良いか悩んでいると、グランツは魔鋼鉄の剣を置いて、普通の剣を手に取るとカウンターへと向かった。
そして新しく買った剣を、ユルグへ手渡してきた。
「え、いいの?」
「元々、お前の武器買いに来たんだ。良いも悪いもねえよ」
素っ気なく言い放ったグランツは、なぜか少しだけ恥ずかしそうにそっぽを向いてユルグの問いかけに答えた。
彼の様子がおかしいことに気づいたユルグはそれをじっと見つめる。すると、グランツは決まりが悪そうに――
「ああ、なんだ。年甲斐もなくはしゃいじまって……その、反省してる」
グランツはユルグが向ける純粋無垢な眼差しを受け止めて、気まずそうに答えた。
意外かもしれないが、彼は自分の非を素直に認めて謝ることの出来る人だ。相手が誰だろうとちゃんと筋は通す。
現に年下でまだ大人にもなっていないユルグに、こうして示してくれる。
クズとか、ロクデナシとか。散々揶揄されるグランツだが、言葉通りの人間ではないことを、ユルグはこの一月の間に理解していた。
だからこそ、ユルグは彼のことを師匠と尊敬出来るのだ。
「ありがとう」
「おう、新品の武器ってのは手に馴染むまで使いづらいからな。あとで調整してやるよ」
嬉しそうに買ってもらった剣を握りしめるユルグに、グランツは笑ってコツンと頭を小突いた。




