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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 最終章
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死ぬよりも恐ろしい

 

 重い足取りで日が沈んでいく景色を眺めながら小屋まで戻る。

 ドアを開けた瞬間――聞き慣れた声が耳朶を打った。


「おかえり、遅かったじゃない」

「た、ただいま」


 ミアの出迎えに、ユルグは彼女を直視出来ずに後ろ手でドアを閉めた。


「頼まれた物が見つからなくて。買えなかった物は後日、調達してくるよ」

「急ぎの物でもないし、後でも大丈夫だからね」


 それよりもこっち、とミアはユルグの手を取ると両手で包み込んだ。


「なんで手袋してないのよ。物凄く冷たいじゃない」

「……忘れてたんだ」

「ユルグはもう少し自分の身体、労った方が良いと思うなあ。身体は傷だらけだし、すーぐ怪我して帰ってくるし」


 何の気無しの愚痴がぐさぐさと突き刺さる。

 もみもみと冷え切った手を揉みながら、ミアは尚も続ける。


「待ってる私は気が気じゃないんだからね」

「……善処するよ」

「そうやって口だけなの、私知ってるんだから」


 はああ、と盛大な溜息を吐くミアに苦笑を浮かべていると、手を包んでいた両手が離れていく。


「どう? 少しは暖かくなった?」

「……うん、そうだな」

「おかげで私は冷え冷えですよ!」


 じゃれつくように両手で頬を挟まれる。もちろん、そんなことをされても温度は感じない。触られている感覚はあるが、それだけだ。


「……ううん。何か考え事でもしてる?」


 冷たさに驚くでもなく無表情を貫いていると、そんなユルグを見てミアは眉を寄せた。心此処に在らず、とでも思われたのだろう。

 全くの解釈違いなのだが……今はそれに合わせておこう。


「少し」

「ええ、なんだろ。待ってね……今考えてるから」


 唸り声を上げるミアを余所に、ユルグは背負っていた背嚢を降ろしてテーブルに乗せる。


「今日の晩ご飯なんだろうな!」

「フィノじゃないんだから……それに、俺はそんなに食い意地は張ってない」

「美味しいって言って食べてくれるのはとっても健全だと思うけどなあ」


 言われてみれば、フィノは飯を食うと必ずと言って良いほどに美味しいと言ってくれる。

 それでも少し前に初まずいをもらってしまったわけだが……ミアにしてみれば、その一言はとても嬉しいことなんだろう。


「これ」


 と言って、背嚢から取り出したのは街で買ってきた馴鹿肉のブロックだ。それを二つ分、テーブルの上に置くとミアは怪訝そうな顔をする。


「なんだか頼んだのよりも多いような気がするんだけど」

「おまけしてもらったんだ」

「なんだ。やっぱりご飯のことじゃない」


 やれやれと溜息を吐くと、ミアは肉塊を攫って台所へと向かった。

 けれどすぐに戻ってきてテーブルの椅子を引くとそこにユルグを座らせる。


「これ飲んで待っててね」

「ああ、ありがとう」

「火傷しないように!」


 昨日と同じ忠告をしてミアは再び台所へと消えていく。

 淹れてもらったお茶はいつものようにほかほかと湯気を上げている。しかし、器に触れても何も感じない。


 口を付けて飲む。味覚もなければ温度も感じない。熱くても痛みも感じないのならば、美味かろうが不味かろうがただの液体である。

 かろうじて匂いは感じるが……それにしたって侘しいものだ。


 煌々と燃え盛る暖炉の火を見つめながらお茶を啜っていると、背中を冷や汗が伝った。


 微かな寒気を感じた瞬間。再び湧き上がってくる吐き気に、奥歯を噛みしめて耐える。手に持っていたマグが力の抜けた手中から零れ落ちて、テーブルに染みを作っていく。けれどそれを気にしている余裕もない。


 ゴン、と額を机上に打ち付けて必死に堪えていると、物音を聞きつけたミアが傍に寄ってくる気配がした。


「ど、どうしたの!?」

「……っ、なん、もない」


 なんとか喉奥から声を絞り出す。今にも息絶えそうなユルグの有様にミアが何を思っているか。考えなくても分かってしまう。


 ……とにかく、この場から早く逃げなければ。


 彼女の眼差しに晒されてユルグが一番に思ったことはそれだった。

 けれど、腕にも足にも力が入らない。かろうじて軽く動かせる程度で、身体を支えて動ける状態にはないのだ。


 そんな中、ふいに脳裏にマモンの言葉が思い起こされる。


 ――逃げるな、と彼は言った。逃げずに向き合え、と。


 頭では分かっている。けれど、どうしても拒絶してしまうのだ。ミアに全てを打ち明けるのが、死ぬことよりも恐ろしい。

 マモンの言葉を否定したのはそのためだ。ユルグが長く生きられないと知ったら、彼女はどんな顔をするのか。それを想像してしまうと何も言えなくなってしまう。

 恐怖に足が竦んで、楽な方へと逃げることしか出来ないのだ。


 だから、こんな醜態を晒している。



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