敵を騙すには
背中に感じる冷たさに目を覚ますと、そこは石の牢獄だった。
洞窟を天然の牢獄として使用しているのか。それともどこかの地下室なのか。判然としないが、周囲を石の壁で囲まれていて脱獄を許さない鉄格子。
牢屋内部はかなり狭く雑魚寝するには少し狭いくらいのスペースしかない。これでは魔法で鉄格子を破ろうとしてもその衝撃で無事には済まないだろう。
素手では鉄格子を破ることも叶わないし、剣も装備も何もかもとられてしまった。現状ユルグにはここから出る手立てがない。
可能性があるとしたらマモンだが……あれからどれだけ時間が経ったのか知れない。異変に気づいて以前のようにユルグの元に来てくれれば良いが、未だ何の動きもないのなら望みは薄いだろう。
「随分な歓迎の仕方じゃないか」
狭い牢獄内で身体を起こすと地面に胡座をかいて背中を石壁にもたれる。
そもそも、どうして捕らえられたのか。理由が皆目見当も付かないのだ。
あの手際の良さを思えばカルロが一枚噛んでいるのだとは思うが……だったらどうして直前であんな忠告をしたのだろうか。
彼女は故郷の村を心底嫌っていたように思える。実際ここまでの道案内も乗り気ではなかったし、何が目的かは知らないがここまでする理由がないように思う。
けれど実際にはカルロに嵌められたも同然である。
それでも分かることはある。
予測の域を出ないが、村長があんな強行に出たのはユルグとフィノを分断する目的があったのではないだろうか。
彼はフィノの出自をある程度知っているようだったし、彼女を待ち望んでいたようにも見えた。
それにどんな意図があるのかは、残念ながら不明だが……少なくともフィノに危害を加えることはないだろう。
考え事をしていると、奥から誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。その足音はちょうどユルグが入っている牢の前で止まる。
「お、起きてた。良かったあ」
薄暗い鉄格子の向こう側に顔を覗かせたのはカルロだった。
彼女はたいして悪びれた様子もなく、へらへらと笑ったまま牢の向かい側の壁に背を預けてユルグに話しかける。
「お兄さん、さっきはごめんね。あの時はああするしかなくてさ」
「お前……何のつもりだ」
「うっ……そんな睨まないで。私はお兄さんの味方! だから目的が果たせるように協力してるんだから」
「……協力だって?」
先ほどの出来事を思い返しても、協力なんて言えたものじゃない。
その事を指摘するとカルロは声を荒げた。
「だあ! もう、それは謝ってるだろ! 真摯な謝罪にはちゃんと応えるべきだ!」
「お前が怒鳴るのおかしいだろ」
「うぐっ、はあ……わかったよ」
一悶着の後、カルロは事の顛末を語り出した。
「お兄さんはこの村には石版とやらを捜しに来た。実際にこの村には目当ての物はあるんだ。でも初対面の人間に明け渡すほどあの人らも馬鹿じゃない」
「待ってくれ。石版はあるって……お前は初めから知っていたのか?」
衝撃の事実にユルグは身を乗り出してカルロに尋ねた。それに彼女は肯首する。
「知ってた。でもお兄さんが探しているそれと関わりがあるって知ったのはここに帰ってきてからだね。そういえば故郷に似たようなのがあったなって思い出したんだよ」
それで――とカルロは続ける。
「そもそも私はこの村から追放された身だから、そんなのを連れてちゃお兄さんたちへの警戒も強まるでしょ。だからちょっとした博打を打ったってわけ」
「……博打?」
「フィノは白髪のハーフエルフだし、上手くいけばあのクソ老害を騙くらかせるんじゃないかって思ったの。それで、目的達成したらさっさととんずらしちゃうってわけ。どう? 私ってば冴えてるでしょ!」
「出来れば前もって知らせて欲しかったよ」
「敵を騙すにはまず味方からって言うし、上手く行ったんだから文句言わなーい」
彼女の作戦は良い線をいっている。けれど一つだけ誤算があった。
ログワイドの縁者として担ぎ上げるつもりだったフィノが、本当にその人だったってことだ。
その旨を話すとカルロはこめかみを押さえて苦い表情をする。
「……それって真面目に言ってる?」
「こんな状況で冗談を言うほど間抜けに見えるか」
「見えない……でも、それだとちょーっとマズいかも」
彼女はユルグとは正反対の考えらしい。
「むしろ余計な疑いが掛からないんだ。不利なことはないだろ」
「それが問題なんだよ。フィノが本物だって知れたら、あいつら確実に増長して馬鹿な事言い出すからね。それを私は危惧してるの!」
カルロが何をそんなにも危ぶんでいるのか。ユルグには全容が掴めないでいた。
彼らを騙して石版を入手する。そこまではユルグも賛成である。けれど、ユルグも未だ気づいていない何か。そのことをカルロは警戒しているのだ。
「待ってくれ。そもそも、村長の目的は何なんだ?」
口火を切ると、カルロはある質問をユルグへと投げかけてきた。
「お兄さんはどうしてこの村のハーフエルフが、彼の一族を信奉しているかわかる?」
……ハーフエルフがログワイドを信奉する理由。
おそらく先ほどマモンに聞いた話と関わりがあるはずだ。
ログワイドはハーフエルフとは友好的な関係を結んでいた。それは確実だろう。そんな経緯があるから、二千年経った今も協力関係にある。
「それは……昔懇意にしていたから、とかじゃないのか?」
「ブッブー、はずれ。そもそも今の彼らに協力して見返りを求めようって方がおかしいよ。だってアルディアからは罪人扱いされて、ラガレットも見放したんだよ? そんな一族に何を期待するっていうのさ」
カルロの言い分に、ユルグは目を見張った。
……確かに、言われてみればそれが自然な流れである。
「でも、あいつらにだって恩義ってものがあるんじゃないか?」
「恩義ぃ!? ないない、そんなのまったくない! 身近で見てた私が言うんだから間違いない!」
「そこまで否定しなくても……こうして律儀に遺産を守っているんだから、少しくらいあるだろ」
「お兄さんはまったくわかってないね。彼らの根底には邪血の地位を向上するっていう馬鹿げた大願があるんだ。その為に昔の英雄であるログワイドを利用してるんだよ」
きっぱりと言い切ったカルロは、顔を顰めながら悪態を吐いた。
以前彼女が言っていた村の方針云々は、おそらくこのことだろう。
カルロはハーフエルフだが、身の丈にあった生き方をするべきだと、その理念を自分自身に課している。彼女からしたら村の方針というのは気に食わないわけだ。ましてや自分たちで努力せずに他人の威光を傘に上手いこと取り入ろうとしている。何よりもそれが許せなかったのだろう。
「あーもう。話してたら苛ついてきた。とにかく! あいつらに本物を会わせちゃいけないってこと! わかった!?」
「理解はしたが……あいつらにすぐに何か出来るってわけでもないだろ。もう少し泳がせても良いんじゃないのか?」
「……それがそうも言ってられないんだよ」
はあ、と溜息を吐いてカルロは壁際から離れると牢へと近付いてくる。
「どうしてお兄さんをこんな場所に閉じ込めてると思ってんの」
「それは……俺がフィノの近くに居ると都合が悪いからじゃないのか?」
「逆だよ。逃がさないようにするため。私もどうしてそんなことをする必要があるのかわからないけど、クソ爺の話じゃ絶対に逃がすなってさ」
カルロの一言に、ユルグも感づいた。
おそらく、村長は魔王について知っている。それなりの知識があるのだ。それこそ各国の統治者と同じように、どういった存在なのか。分かっている。
村人はその限りではなさそうだが――だったら、彼が何をしようとしているのか。ユルグにもやっと理解出来た。




