死角からの謀略
「ハーフエルフしか居ない?」
疑問を口に出すとカルロはそれに頷いた。
「うん、そう。いつからそうなったかは分からないけど、私が生まれた時からそうだったから昔からじゃないかなあ」
「……爪弾きにされている人達が自然と集まったのか」
けれどマモンが言うにはこの場所はログワイドが終の棲家とした場所である。
彼が生きていたのは二千年前。ラガレットが建国する前の話だが、元々この地はアルディアの領土だった。移住して来たと言うのなら分からなくもないが……そこにハーフエルフが集まって来るというのは疑問が残る。
「ログワイドはハーフエルフに好意的だったのか?」
『純血に比べてそうではあったと記憶している。そもそもあやつはエルフではあったが、普通とは違う容姿であった為、迫害を受けてきた。邪血の肩を持つのは自然な成り行きだろうよ』
カルロが門衛と話し込んでいるところでマモンに尋ねると、彼は納得のいく答えをくれた。
もちろん現代でもハーフエルフに好意的なエルフが居ることは知っている。アリアンネやエルリレオなどがそうだ。けれどそれは圧倒的に少ないと言わざるを得ない。
彼らはエルフの中でも希有な存在と言えるだろう。
考え事をしているとカルロと話し込んでいた門衛が、二人揃ってこちらを見た。すると目を見開いて何やら驚いているのが分かる。
何事だと不審に思っているとその内の一人が足早に門扉の奥へと消えていった。もう一人はビシッと背筋を伸ばして慇懃な礼をする。
「お通りください」
先ほどまで不審者を見るような目つきをしていたのに、今ではそれが無かったかのように成りを潜めてしまった。
依然状況が掴めないユルグの隣では、マモンを抱きかかえたままのフィノがほっとした表情で息を吐く。
「よかったね」
「荒事に発展しなかったのは良いが……」
「ま、私の交渉術に掛かればこんなもんよ!」
胸を反らして尊大に振る舞うカルロに続いて門扉を潜ると、そこは何の変哲も無い普通の村だった。
家屋に畜舎……それと畑。ユルグの育った故郷の村と何も変わらない。
「……お兄さん、気をつけた方が良いよ」
「え?」
「こいつら性根が腐ってるからね。特に村長には注意して」
コソッと耳打ちしてきたカルロの言葉にユルグは目を見張った。
彼女は自分が育った村に対して注意しろと言ったのだ。その意図は掴めないが、何か不穏な内情を抱えているのは明確である。
「どうやら一筋縄ではいかなそうだな」
===
カルロの案内で辿り着いたのは村長の家だった。
けれど先ほどから彼女の顔色は優れないまま。言葉には出さないが、この村の長を良く思っていないことは伺える。
「ようこそおいでくださいました」
マモンには家の外で待機してもらって、中に入ると村長と数人の村人。それと先ほど門衛を務めていた男が入り口の近くに居る。カルロが言ったように、この村の住人はすべてハーフエルフだった。
もちろん村長も例に漏れず。柔和な笑みを浮かべて人当たりが良い。優しげな印象を抱かせる。
ユルグの予想に反して、村長は随分と歓迎してくれているようだった。余所者に対して不自然なまでの警戒心の無さ。カルロの紹介と言うこともあるが、それにしても違和感が残る。
先ほどの彼女の発言もあり、ユルグは村長に最大限の警戒を向けていた。
「それで、こちらにはどのような用でいらしたのですか?」
「ああ、それは」
彼の問いに答えようとした瞬間、明確な違和感が形になる。
村長の目線がユルグではなく、まったく別の所へと向いているのだ。彼はずっとユルグの背後に居るフィノを見ている。
それに気づいた直後、村長は掠れた声で呟いた。
「ゆ、ユーリンデ様……」
聞き覚えのある名前が彼の口から零れた。
一瞬、旅を共にした老馬を思い出したが……そうじゃない。ユーリンデという名付けは、フィノの母親の名前からとったものだ。
「白麗の皇子様がお戻りになられた!」
叫び声を上げると村長はユルグを押し退けてフィノの手を取った。そうして間近でまじまじと凝視する。
「な、なに!?」
いきなりのことに当の本人はたじろいで身動きも出来ないでいる。突っ立ったままのフィノに声をかけようとしたユルグだったが、それを留めるようにカルロがユルグの腕を掴んだ。
――と、同時に手首に鉄の輪っかが嵌められる。
「……は?」
両手を繋いだものは鉄の手錠だった。
何が起こったのか理解出来ないまま、呆然としているといきなり何者かに背後から羽交い締めにされた。
太い腕が首に回されて意識を落としに掛かる。
「ぐっ……!」
必死に暴れてみるが手枷をされて、背後からの奇襲には何の抵抗も出来ない。
狭まる視界の中では暴れるフィノとそれを抑える村長と村人。壁際には我関せずな態度でカルロが興味なさげに壁に寄りかかっている姿が見えた。
「――っ、ユルグ!」
意識を失う寸前、フィノの叫び声が聞こえたような気がした。




