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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 最終章
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避けられぬ代償

 

 内側から凍り付いた魔物の体躯は微かな衝撃でも瓦解してしまいそうだ。

 見事な氷像に感心していると、突き出た氷柱で開いた穴からマモンがひょっこりと顔を覗かせた。


「マモン!」

『ふう……なんとかなったみたいだな』

「倒せたのならさっさと戻るぞ」


 ユルグの催促にフィノがマモンを迎えに小舟から魔物の氷像へと飛び移る。

 戻ってくる間に出航の準備を済ませていると――いきなり左側の視界が消失した。


「……まさか」


 瞬時に頭に過ぎった考えに、ユルグは息を呑んだ。


 マモンの忠告にそれでも良いと言ったのは他の誰でもない、ユルグ自身だ。だからある程度の覚悟はしていたが、何の前触れもなく片目の視界を奪われて、それで動揺するなと言うのは無理な話である。


 恐る恐る左目に触れてみると、氷のようなひやりとした感触が手のひらに伝わってきた。液状のそれは黒色の……すでに見知ったものだ。

 けれどそれに反して左眼の眼窩(がんか)は、まるで眼球がドロドロと溶け出しているような感覚。痛みはないが、それでも熱を孕んで疼いているようでもある。

 なにより突如として視力が消失したのならば、左目がどんな状態なのかは想像に難くない。


 混乱したまま右目の状態も探るが、こちらは何の異変もなかった。視力にも異常は無い。ということは、今回は左目だけが欠けたのだろう。


 一先ずその事に安堵して、船上で蹲ったまま布きれを取り出して応急処置をする。


 先ほどのマモンの特攻が引き金となったのは確かだ。予想していた以上にあの魔物が溜め込んでいた瘴気が多かったのだろう。

 そもそもマモンが瘴気を浄化出来る許容量云々よりも、魔王の器となっているユルグの身体が限界に達しているのかもしれない。

 なんせ前任者であるアリアンネがまったく手付かずのまま放置してくれたのだ。五年分の瘴気を身に受けるというのは、生物の許容を遙かに超えている。今の状況が早すぎるというわけでもなく、なるべくしてなったというところだろう。



 布きれで左目を覆ったところで、マモンと共にフィノが小舟へと戻ってきた。

 ――と、同時に誰が見ても分かる異変に叫び声を上げて寄ってくる。


「お、おししょう! それ」

「右目は見える。それに目が見えなくなったところで、すぐには死にはしないから安心しろ」

「でも……」


 初めて目の当たりにする師匠の異変に、フィノが思い起こしたのはマモンとの会話だった。


 彼はユルグの寿命は持って五年だと告げた。けれどそう言われてもいまいち実感は湧かなかったのだ。勿論それを聞いた時は驚いたし動揺もした。それでも、フィノの傍に居るユルグは弱っているようには見えなかったのだ。

 黒死の龍との戦闘で大怪我を負ったがそれも十分な療養を経て回復した。だからなんとかなると思っていた。けれど、その認識は甘かったとフィノは知る。


 マモンの言う寿命とは、たった今ユルグの身に起こった異変を差しているのではないか。きっと今までも何かしら身体の不調はあったはずだ。それを上手く隠されていたためフィノは気づかなかっただけ。


 暗い顔をして俯いているフィノをいなして、ユルグはマモンへと目を向けた。


「こいつは順番が決まっているのか?」


 左目を差して尋ねるとマモンはかぶりを振る。


『瘴気の影響が出る箇所はなってみなければ分からない。運が悪ければ続けて右目を失うこともあるはずだ』

「そうか……」


 であれば極力、瘴気を浄化しなければならない状況は避けた方がいい。これに関してはユルグも認識が甘かった。

 未だ手掛かりも掴めていないというのに、そこで旅を続けるのが不可能な状態になっては元も子もない。

 自分の命には執着はしていないが、志半ばで倒れることを良しとはしていないのだ。


「とりあえず魔物は倒したんだ。公都に戻ろう」

「う、うん……そうだね」


 ユルグの提案にフィノは心此処に在らずといった様子で頷いた。彼女が何を心配しているかはユルグにも理解出来る。どれだけ言葉で諭しても引かないことも知っている。


「お前が心配してもどうにもならないんだ」

「わかってる! でも……いたくない?」

「ああ、平気だよ。歩くのに難儀しそうだけどじきに慣れるだろ」


 わざと素っ気ない物言いをしたユルグに、フィノも渋々といった様子で頷いた。




 ===




 問題なく帰路について公都へと戻ってきたユルグたちは、一度宿へと戻る事になった。

 王城へと向かいたかったがフィノが同伴ではいらぬ問題が付きまとう。それに応急処置ではなくちゃんと手当てすべきだと煩いから、こうして宿へと舞い戻ったというわけだ。


「ずいぶんと見違えちゃったねえ」


 ユルグの変わり果てた様子をみたカルロは、酒瓶を片手に呑気に告げる。どうやらユルグたちが出て行ってからずっと飲んでいたみたいだ。


「お前はカルラと違って酒に強いんだな」

「まあね~。双子って言っても全部が全部同じってわけじゃないのだよ」


 上機嫌でマグに酒を注いで呷っているカルロとの間を裂くように、ぐいっとフィノが腕を引いてきた。


「おししょうはこっち!」


 成されるがままベッドの淵に座らされると、応急処置で巻かれていた布きれが解かれる。

 露わになった左目は、元々鴉羽色をしていた瞳は色素が抜けたように白く濁って変色していた。言わずもがな視力は戻らず失明したままだ。


「やっぱり見えないか」


 右目を瞑ってみるが視界は暗転したまま。瘴気の影響でこうなったのなら他の感覚と同様に元に戻る事は無いだろう。

 片目では何かと難儀するだろうが……旅を続けられないことはない。


「だいじょうぶ?」

「問題ない」


 異変の程度が分かったところで、未だ心配そうにしているフィノを置き去りにしてユルグは王城へと向かった。


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