駆け引き
公都サノワに到着した一行は、都をうろつく間もなく宿をとった。
「これから少し留守にするから、大人しく待ってろよ」
「……はあい」
ベッドに腰掛けたフィノは力なく返事をする。同行を拒否されたからか、見るからに覇気がない。
「お兄さん、帰りにお土産よろしくね。美味い飯に……あとお酒! つまみの乾物も頼んだよ!」
「随分注文が多いな」
「子守の駄賃としては妥当だと思うけど」
対してカルロはこの状況でも楽しそうにしている。
窓の外に見える景色に目を遊ばせながら零れる軽口に、途端にフィノが噛み付いた。
「むっ、こどもじゃないもん!」
「着いてくるなって言われて落ち込んでるようじゃ、子供扱いされても仕方ないと思うけどなあ」
ニヤニヤと笑みを浮かべてフィノをからかっているカルロも同類である。
と、思ったが口には出さずに言い争っている二人を置き去りにしてユルグは宿を出た。
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今回、公王へ謁見するにあたってユルグ一人で赴くつもりはない。マモンにも姿を隠して付き添ってもらっている。
『素直に話してくれると良いが……』
「あの手合いが一筋縄でいくとは思えないな」
公王の住まう城へと足を踏み入れて、謁見を申し出る。すると、意外にもあっさりと取り次いでもらえる運びとなった。
もっと警戒されると思っていたのだが……何か裏があるかも知れない。
通された広間では、公王シュナルセが玉座に座してユルグの来訪を迎えた。
「どうやら、あの皇女の話は本当のようだな」
「……皇女? アリアンネのことか?」
挨拶もなく、開口一番。彼の口から飛び出した言葉に微かに安堵する。
やはりアリアンネは公王に用があってサノワまで来ていたみたいだ。
「然り。数日前に私の元へ来た。その様子だと事情を知っていそうだが」
「あいつと何を話した?」
「それを私が易々と話すと思うか」
「思わないな」
けれど、彼の態度から険悪な雰囲気は感じられない。
アリアンネが彼と交わした何かしらの密談は、シュナルセにとっても悪い物ではなかったのだろう。むしろアルディアと仲が悪いラガレットの王が、皇帝の嫡女であるアリアンネに対して悪感情を抱いている素振りも見受けられない。
ということは、彼女の提案は少なくとも国家にとって有益であると判断したことになる。
気になるところだが、今は後回しだ。
「それで、貴様は勇者……いや、魔王か」
「どうやら俺のことは知っているようだな」
「アルディアの皇帝から話は聞き及んでいる。他国の統治者も同じはずだ」
これについては一月前、祖国に帰ったアリアンネが情報をもたらしたのだろう。疑問視するほどのことではない。
「前任者のせいで一時はどうなることかと肝を冷やしたが、これで世界は元通りに巡っていく」
安堵したように公王は息を吐き出した。そしてまっすぐにユルグを見据える。
「そうと決まれば残された任期で貴様には可能な限り瘴気を浄化してもらう。数年の後、選定を行い新たな勇者に魔王討伐の任を与えることになるだろう。これは世界の総意であり、貴様の存在意義だ。一意専心、励むがいい」
事を穏便に済ませようという考えは、悪びれもなく言い放った言葉に打ち消されていく。
頭では分かっているのだ。ここで感情に任せて振る舞えばラガレット公国最高権力者であるシュナルセの反感を買うことは必須。
けれど、どうしても抑えられなかった。
「俺がいつ世界のために殉じるなんて言った? アンタのご高説なんぞ、クソ食らえだ」
怒りの籠もった眼差しを向けて物怖じしないユルグの発言に、シュナルセは声もなく目を見開いた。
けれど、一瞬の動揺もすぐに成りを潜めてしまう。
「その選択は貴様の命を縮めることになるぞ」
「はっ、どうせ僅かも生きられないんだ。公王様に喧嘩を売ったところで微々たる程度だろ」
しかし、流石一国の王である。分かりきった挑発には決して乗らない。
声も荒げずに高飛車な態度を貫く様はある種の貫禄さえもある。王の器というやつだろう。
「それよりも、俺は話があってここにきた」
「……ふむ。先ほどの不敬は許そう。話してみせよ」
所々癪に障るが、それを気にしていたらキリが無い。
不満を飲み込んでユルグは本題に入った。
「ログワイド……奴の一族の行方を知りたい」
「……なんのことだ?」
「しらを切ろうったってそうはいかない。ラガレットで公王の椅子に座ってふんぞり返っているアンタが知らないはずないだろ」
「……」
詰め寄ると、シュナルセは沈黙した。やがて観念したのか。彼は口を割る。
「確かに知っているが……国中を探しても無意味だ」
「なんだと?」
「彼の一族は二十年前に国外ヘと追放した。それ以来、行方は知れず……生きているのかさえも怪しいものだ」
てっきりまだラガレットのどこかにいると思っていたら、まさかの国外追放処分。これにはユルグも驚きを隠せなかった。
「千年前ならばいざ知らず、あの一族を国内に留めておいても国の益にはならんのだ。むしろアルディアからの圧力が強まるばかり。国家間の諍いは何としてでも避けなければならない。こちらとしても苦渋の決断なのだよ」
「……なるほどね」
公王の台詞は白々しいものだった。きっと腹の底では純血に劣るだのと見下している。
確かに二千年前ならば英雄視されていただろうが、帝国から追放されて一族の使命を剥奪されてしまえば、エルフからしたらただの異端者である。
ハーフエルフと同様に迫害を受けていたことも考えられるし、真っ当な扱いを受けられなかったことは明白である。
「ふむ……だがログワイドが残していったものはある。追放処分を言い渡した暁に一部押収したのだが」
シュナルセが言うには、それは数枚の石版だそうだ。
二千年前にログワイドが書き残した遺産。けれど、今までそれが解読されたことはなかった。
「誰も見たこともない文字で書かれているのだ。……有識者が言うには古代語であるらしいが、私には詳しいことはなにも」
「……古代語?」
話には聞いたことがある。確か、エルリレオが昔それについて語っていたように記憶しているが……それでもユルグの知識は公王と同レベルだ。
「お前は知っているか?」
『いいや、ログワイドがそんなものを遺していたことも初めて知った』
どうやらマモンも初見であるらしい。
ログワイドがわざと秘匿していたのか……その石版の出所がいつであるかは不明なのだ。もしかしたら一族からマモンが離れた後に見つかった可能性もある。
とはいえ、彼がこれを素直に明け渡すとは思えない。
「閲覧を許可しても良いが……条件がある」
ユルグの予感は見事的中した。
「我が国でも魔物の脅威は未だ健在なのだ。それもただの魔物ではない。瘴気を撒き散らす害悪そのもの。それらを駆逐できたのなら望みの物を与えよう」
「どうやら、何がなんでも俺を利用したいらしいな」
「魔物の襲撃で兵力を削がれれば有事の際に手薄になる。隣国の脅威に晒されている以上、こうでもしなければ国として存続できないのだ」
憂い顔でのたまうシュナルセは、まっすぐにユルグを見つめて問う。
「して、どうする?」
「……良いだろう。その条件を呑んでやる」
他人の足元を見た提案だが……断ったところでこれ以上有益な情報が得られるとは思えない。
望んだ応えを示したユルグに、公王シュナルセは赤い瞳を眇めて満足げに頷くのだった。




