帰路を辿る
マモンの体躯にしがみついてなんとか大穴を抜け出したユルグは祠の外へと出る。
すると、すぐにフィノの叫び声が聞こえてきた。
「お、おそいよ!!」
「――っ、まて!」
師匠目掛けて突っ込んでこようとしていたフィノをなんとか制止する。
こんな状態で抱きつかれでもしたら小屋まで歩いて帰れなくなる。
『何もなかったか?』
「うん、だいじょうぶだけど……おししょうどうしたの?」
「いや、本当になんでもない」
少しだけ顔色が悪いユルグへとフィノの視線が突き刺さる。
それを無視して帰路を辿る雪道を行く。
大穴の底にいた時と比べて、段々と痛みが鈍くなってきた。このぶんならば、誰にも怪しまれずに戻れるはずだ。
フィノには……もしかしたらもうバレているかもしれないが。何も言ってこないなら杞憂のはず。
「それにしても……問題が山積みだ」
『うむ……』
鎧姿から黒犬に変化したマモンは、ぽてぽてとユルグの足元を着いてくる。
『やはり何かしらの事情を知っているのは、ログワイドであろうな。まずは奴の痕跡を探る。あの四災とやらを他の大穴の底に行って尋ねても良いが……そこまでの余裕はお主にはないだろう』
「ああ、そうだな」
大穴からの行きと帰り、道中に充満していた瘴気は生身の人間や生物が耐えられるものではない。当然ユルグの身体にも少なからず影響はあるのだ。
まだやるべき事があるのなら、大穴を巡るのはそれらが終わった後で良さそうだ。それまでに時間が残されているのなら、だが。
「んぅ、なんのはなし?」
「お前は聞いても分からないだろ」
「そ、そんなことない!」
ぷんすこと怒っているフィノを無視して、先ほど知り得た情報を脳内でまとめる。
色々と謎は深まる邂逅だったが、いま突き止めておく必要があるのは一点。
「ログワイドが出会った四災は誰なのか、それが分からないな」
竜人もそれは教えてくれなかった。
けれど、彼の態度や言動から答えが導き出せそうな気もする。
「そういえば……お前が化けていたあのデカい獣は何なんだ?」
思い出してみれば、竜人はマモンの獣姿に目くじらを立てていたようにも感じる。最初に出会った時も、大穴の底に着いた時も。どちらも獣姿のマモンへと当たりがキツかった。
竜人は確実に、あの獣を嫌っていたのだ。そこには何かしらの理由があるはず。
「あれはログワイドに話を聞いたものだ」
「前に伝聞で知ったものだと言っていたな」
ヴァレンからアンビルへと向かっている道中。渓谷の狭間へと落ちたユルグを追ってマモンが助けに来たときの話だ。
初めてマモンのあの姿を見たときに、ユルグはそれはなんだと彼へと尋ねた。
その時にマモンは――
『これは太古の昔に厄災を振りまいたとされる獣の姿を真似たものだ。己も詳しくは知らぬ。なにせ口伝で聞いただけで、実際に見たわけではないのだ』
こんなことを言ってみせた。
あれをログワイドから聞いていたのなら……そして、その獣を竜人が知り得るものだったのなら。
「あの獣の本体が、ログワイドが出会った四災じゃないのか?」
『うむ……そう考えるのが自然だろうな』
竜人の本体も、巨大な骨竜だったのだ。他の四災が人外の姿を取っていてもなんら不思議ではない。問題は、彼が出会った四災が何なのか。それが不明のままなのだ。
考え得る可能性としては……マモンが変化した獣に対して、竜人は快い思いはしていなかった。おそらくそいつと何かしらのしがらみがあるのだろう。
加えて竜人が快く思っていない同胞……四災は今の時点で、絶死と呼ばれた奴しか思い浮かばない。確か、そいつが血の雨を降らせているからあの大穴から出ることは叶わないと言っていた。
この二つを結びつけるのは安直かもしれないが、可能性の一つとして頭の隅に留めておいても良いだろう。
「お前は何か覚えていないのか。創られた時の事とか」
『いいや、何も』
「はあ……使えないな」
『つ、つかえない……』
ユルグの一言にマモンはしょんぼりと項垂れた。
実際、四災と相まみえたマモンは頼りにならなかった。終始怯えていたし、背後からの奇襲に対応してくれたときは有り難かったが、それ以外はウドの大木だ。
「おししょう!」
いきなり右隣から大声が聞こえたと思ったら、フィノはひょいっと足元のマモンを拾い上げた。
「ほんとうでも、いじめちゃダメだよ!」
『うっ……それはフォローになってないぞ』
「ちゃんとなかよくしなきゃ、またミアにおこられるよ!」
捨て台詞の如くそれだけを言い残すと、フィノはマモンを抱きしめたままユルグを置いて先に行ってしまった。
まだ疑問は残っているのだが……今日は色々ありすぎた。これ以上は何も考えられない。今すぐ休みたい気分だ。
「あいつ、元気だなあ……」
誰にともなく呟いて、ユルグも遠ざかっていく背を追いかけるのだった。




