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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第十章
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魔法と呪詛

 

「俺はログワイドなる者を知らん。そもそもお前のような呪詛も初めて見る。そうだ、お前は何なんだ?」


 ぎらりと金色の瞳が光る。

 凝視されたマモンは半歩、後退(あとずさ)りした。


「お、己は……瘴気を浄化するためにログワイドに創られた」


 生物を依代として生き続ける不死身の存在……マモンは竜人へとそんな説明をしてみせる。

 しかし彼は難しい顔をして腕を組むと唸りだした。


「お前がどういった存在なのかはわかった。だが、なぜそんな面倒な事をする?」

「……は?」

「生物を依代にせずとも、術者本人が成せば良い話だろう? なぜそうしない」


 さも当然と言ったように、竜人は公言した。

 けれど、彼が何を言っているのか。二人には理解が及ばなかった。混乱したまま顔を見合わせる。


「お前の言う方法を俺はしらない。おそらく、俺以外の誰に聞いてもそう答えるはずだ」

「なんだと? ……待て待て、馬鹿な事を言うのはよせ。そんなことは……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、竜人は頭をグラグラと揺らす。


「種族的な違いは無い……ということは。おい、お前」

『うっ、……なんだ』

「お前を創ったというログワイドとやらは、いつの時代の者だ?」

『今から二千年前だ』


 マモンの答えを聞いて、竜人はまたも唸り声を上げる。


「二千年前か……その時分にお前を創ったというのなら、それ以前には既に術士はいないことになるな」

「術士?」

「そこのと同じ、呪詛を扱う者のことだ。手順を踏めば誰でも使える。強力な力を得られるが、その代わり代償も伴う。自分か他者の肉体または寿命を消費するのでな。人間には使い勝手は悪かろうよ」


 彼の説明を聞いて、ユルグの脳裏に昨日の出来事が想起される。


 竜人がマモンに攻撃した直後に、手先が瓦解していた。もしかしてあれも呪詛とやらの一種だったのだろうか。

 彼は肉体を再生出来るから何の問題もないだろうが、生身の人間がそんな術に頼るのならすぐに命が尽きてしまう。大きすぎる力にはそれ相応の代償が伴うということだ。


 そう考えると、マモンが竜人の言う呪詛とやらに当て嵌まるのも納得できる。瘴気を浄化する代わりに依代となる肉体の寿命を奪う。彼の本質は言葉通りのものなのだ。


「なれば今のお前たちの、呪詛に取って代わるものはなんだ?」

「……魔法のことか?」

「……まほう、ふむ。初めて聞くものだ」


 彼は身を乗り出して興味津々だ。どうやら本当に魔法については知らないらしい。こんな大穴に籠もっていたから……というわけでもなさそうだ。そんな単純な訳がない。


 今の時代にはない呪詛と、上位者……四災が知らない魔法。


 この二つは似て非なるものだ。どちらも使用者に力を与えるが、それでも使い勝手が良いわけではない。

 呪詛ならば肉体や寿命を犠牲にするし、魔法だって応用は利くが不完全。現に瘴気を留めるだけで、浄化はできない。


 しかし、それは些細なことだ。真の問題はこの先にある。


「俺がこの大穴に押し込められたのは四万と五千年前の話だ。詳しい年数は知らんがおよそ、そのくらいだろう。その間に、何かがあったと考えるのが妥当だな」


 けれど、竜人にもその何かが何なのか。それは分からないらしい。

 ユルグも一緒になって考えてみるが……何かが喉奥に突っかかっている気はするのだが、あと少しのところで出てこない。


 唸り声が木霊するなか、思い出したとでも言うようにマモンがおずおずと語り出した。


『己を創り出したログワイドは自らを変革者だと言っていた』

「そういえば、前に聞いたな」


 ……確か、ログワイドはそれの二番手だったか。あの時の話の続きは……女神がその前の変革者であるという眉唾の話をされて、半信半疑だった――


 そこまで思い出して、ユルグはハッと顔を上げた。


 それがどれほどの昔の話なのかは分からないが、竜人の言う『その間』が、たったいま思い起こした話に繋がるんじゃないのか?


 マモンが言うには変革者とは、この世界を根本的に作り替えてしまう力がある者の事を指すのだと言う。


 仮定として……なんとも馬鹿らしい話ではあるが、最初の変革者である女神が世界の理を変えてしまったのなら。

 大穴の底に封じられていた四災が魔法を知らないのも、この時代に呪詛というものがないのも、それを誰も知り得ないのも辻褄が合うのだ。


 頭の中で仮説を組み立てていると、黙りこくったユルグを置いてマモンはさらに付け加えた。


『それは、大穴の底に潜む者に言われたのだとも言っていた』

「……それは真実か?」

『己も半信半疑だったが、こうして穴の底に辿り着いたのならば疑う余地もない』


 マモンの話に竜人は再び熟考する。

 沈黙した彼を目端に置いて、ユルグはマモンへと問いかけた。


「ログワイドは四災の誰かに会ったっていうのか?」

『それが自然な答えになるだろうな』


 だが、それが分かったからといって、それが誰かまでは分からない。

 ユルグは四災について詳しくはないし、竜人の話を聞いてたったいま知り得たところだ。けれど、当事者ならば――


「なるほどなあ。ハハハッ、そういうことか!」


 突然、竜人は大声を上げて笑い出した。

 腹の底から湧き上がる感情は得体の知れないものだ。けれど、愉しげに大笑する様子からは不機嫌さは感じられない。


「前言撤回だ、無人。この大穴から出たいと俺は言ったが、その必要はなくなった」


 彼の言葉と共に、頭上を覆っていた骨竜の頭蓋が動き出した。

 途端に影によって薄闇に覆われていた視界が晴れる。どうやら血の雨は止んだようだ。


 晴れ渡った――濃霧のせいで、晴れているとは言い難いが……空を見上げて、竜人は続ける。


「遠くない未来に、その願いは必ず叶う。それがいつになるかは分からんが、俺にとっては百年経とうが千年経とうが差異はない。であれば、俺はこの奈落の底で時が来るのを待つとしよう」


 何かに気づいたのか。

 先ほどとは打って変わって晴れやかな表情で彼は満足げに告げる。


 けれど――ユルグにとって彼の発言は、戯れ言にも等しいものだった。



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