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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第八章
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晴れやかな決着

 

「――は?」


 突然の事に、言葉が出てこなかった。


『なんであの時一人で逃げたんだよ』


 アロガから出てきた台詞は、思ってもみないものだった。

 状況が上手く飲み込めないまま、思い浮かんだ疑問が口をついて出る。


「待ってくれ。お前らは俺を殺しに来たんじゃないのか?」

「そっ、……んなわけねえだろ!?」


 ユルグの問いかけにアロガは頭が飛びかねないほどに振って否定する。


 ……確かに。よくよく考えても見れば、国王の命でユルグを殺しに来たのならアロガだけに相手はさせないはずだ。

 彼一人でユルグをどうにか出来るとは、元仲間である彼らも自惚れてはいない。やるなら全員でかかってくるはず。


「それじゃあフィノには何もしてないんだな?」

「俺たちはフィノの師匠に会いに来たんだよ。龍殺し(ドラゴンスレイヤー)だっていうから、気になってな」

「……龍殺し(ドラゴンスレイヤー)ね」


 どうやら怪我で伏せっている間に、麓の街では噂が広まっていたらしい。

 当然ユルグにはあの街の人間を助ける意図はなかった。ただ師匠の仇を討つ為に黒死の龍を斃しただけだ。

 それが結果的に、こうして厄介な連中を引き寄せてしまったわけだ。そんなつもりはなかったが、やはり余計な人助けなどしないに限る。


「だったら……なんで俺はあんなに殴られたんだ?」

「そりゃあ、俺がお前を殴りたかったからだよ! 何も言わねえで勝手に出て行ったんだ。そんくらいの権利はあんだろ!」


 ……要はムカついてたから殴られたってことか。


 彼の話す言い訳は納得できなくはないが、釈然としないものがある。


「それで……なんで黙って逃げたんだよ」


 半目になって見下ろすアロガに、どう答えるか。

 少し考えた結果、この男に屁理屈をこねても無意味だとユルグは察した。


「死にたくなかったから逃げたんだ。それにお前らの相手もうんざりしてたんだよ」

「……フィノの師匠って言うから少しは丸くなったと思ったけど、ぜんっぜんそんなことねえな! ふつう、仲間に面と向かってんなこといわねえぞ!?」

「元、だろ」

「そう思ってるのはお前だけだっての! ……ったくよお」


 ユルグの答えにアロガは深い溜息を吐いた。


「……わかったよ。そーいうことなら仕方ねえ。元々そういう予定だったしな。連れ戻すのも、説得するのもナシだ。お前なんかどこにでも行っちまえ」

「お前に言われなくてもそのつもりだよ」


 ガシガシと頭を掻いて、アロガは身体の上から退いた。

 立ち上がって夕暮れの中、手を差し伸べてくる。


「暗くなる前に戻るぜ。肩くらい貸してやるよ」


 素直にその手を取って立ち上がると、


「その前に、一発殴らせろ」

「え、今の話の流れでそれは……いや、ま――」

「歯ぁ食いしばれ!」


 その顔面に、キツい一発をお見舞いするのだった。




 ===




「……しまった」


 アロガの顔面を殴りつけた後、ユルグは途方に暮れていた。


 というのも、振りかぶった一撃は当たり所が悪く、あの巨体を一瞬で昏倒させてしまったのだ。

 こうなってしまえばすぐに起きることはない。一人では小屋まで戻れないし、この男を担いで行くなんて出来っこない。


 そんなこんなで立ち往生していたユルグの元に、見慣れた姿が現れた。


『決着はついたようだな』


 大木の影から現れたのはマモンだった。

 確か、フィノと一緒にいたはずだが……どうやらユルグを追ってきてくれたみたいだ。


「丁度良い。コイツを運ぶのを手伝ってくれ」

『お主……魔王を小間使いか何かと勘違いしておらぬか?』

「適材適所ってやつだろ。文句言ってないでさっさとしてくれ。日が暮れたら戻れなくなる」

『……ぐぬ』


 何か言いたげなマモンを無視して、丁度良い長さの棒きれを拾うとそれを杖代わりにする。

 背後では、黒犬から鎧姿になったマモンが渋々という様子でアロガを担いで、歩き出したユルグの後を追いかけてきた。


『それにしても随分と楽しそうにしていたではないか』

「それ、誰に言っているんだ?」

『もちろん、お主にだ』


 的外れなことを言い出したマモンにユルグの足が止まる。


 ……あれのどこをどう見たら楽しそうに見えるんだ?

 むしろ厄介事に巻き込まれて酷い目に遭ったんだが。


「お前の気のせいってやつだろ」

『ふむ……気のせいか』


 険しい顔をして答えてやると、マモンはそれ以上何も言わなかった。


 というよりも、楽しそうにしていたのはアロガの方だ。


 彼らと旅をしていた一年間、事あるごとにアロガには意見の対立の果てに決闘を申し込まれていた。聞こえは良いがあれはただの憂さ晴らしだ。

 いつも負けるのはアロガなのに、懲りずに挑んでくる。それをユルグは面倒に思っていたのだが、どういうわけか彼は楽しそうだった。


 きっと今回もそれの延長だったのだろう。

 もちろん、彼は烈火の如く怒り狂っていたからどうしても殴ってやりたかったのだろうが、それを差し引いても純粋に相手をしてもらえるのが嬉しかったのかもしれない。

 とはいえ、ユルグはこんな身体で万全な状態ではなかった。アロガにしたら拍子抜けも良いところだったろう。




 ===




 なんとか日が落ちきる前に小屋の前へと戻ってくると、そこには楽しそうに談笑する三人がいた。

 呑気にログベンチに座って、今の今までお喋りに興じていたらしい。

 何を話していたのかは知れないが、フィノも随分と楽しそうである。


「あ、戻ってきたみたいですよ」

「ユルグさん、おかえりなさい」

「んぅ、おししょう。おかえり」


「お前ら……楽しそうだな」


 溜息交じりに呟いて嘆息すると、ログベンチに座っていたフィノは笑顔でユルグに抱きついてきた。


「二人ともボッコボコですねえ」


 戻ってきた二人の顔を見比べて、リエルが愉快そうに笑う。


「それで、その黒い彼は何なんですか?」


 未だ目覚めないアロガを受け取ったロゲンは訝しげに、マモンを見つめた。

 それにいつか聞いた文句が聞こえてくる。


『己はマモンという。良いマモンだ』

「……良いマモン?」

「気にしないでくれ。それよりも、コイツを連れてさっさと帰ってくれ」


 これ以上、こいつらと関わっていては更に厄介事に巻き込まれかねない。

 麓の街を指差して言うと、二人はすんなりと快諾してくれた。


「わかりました。迷惑を掛けましたね」

「そう思ってるなら二度と俺の目の前に現れるなよ」

「……そんなにはっきりと拒絶されると、悲しいものがありますね」


 しょんぼりと肩を落として言うロゲンに、すかさずリエルがフォローする。


「私たちはこれからも旅を続けるつもりです。魔王討伐の任からは外れたけれど、困っている人はたくさん居ますから。もしかしたらまたお会いすることになるかも知れませんね」

「それは無いな。人助けなんて面倒なこと、俺がすると思うか?」


 ユルグの返答を聞いた二人は、顔を見合わせた。


「確かに……」

「貴方に限ってそれは無いですね」


 二人とも満場一致で同意見だ。それでもその表情には一点の曇りもない。


 少し前ならば、そんなことを言うものではないと勇者であるユルグを戒めていただろう。けれど、彼らは一言もそんな言葉を吐かなかった。

 ユルグが彼らの元を去ってから、少なくとも何かしらの心境の変化があったのだろう。


 それがもう少し早ければ、もしかしたらまだ彼らと共に旅を続けていたかも知れない。

 無意味な仮定だが、そういう未来も存在していたのだ。

 けれど、ユルグも彼らも後悔はしていない。


「まあ……名前くらいは覚えておくよ」

「ふふっ、アロガさんにも伝えておきます」


 そうして厄介な三人組は、ユルグの元から去って行ったのだった。




 姿が消えていくのを確認してから深く息を吐き出したユルグは、未だ抱きついているフィノを見遣る。


「それで、お前は俺に何か言うことがあるんじゃないか?」

「……う、うん」


 その一言でフィノは抱きついていたユルグから離れていった。

 うろうろと視線を彷徨わせて言い淀んだ後、フィノは意を決して口火を切る。


「かってなことして、ごめんなさい」

「そうじゃない」

「――っ、びゃ!」


 ゴチン、と頭にゲンコツ一発をお見舞いすると、フィノは涙目でユルグを見上げた。


「俺が言っているのは、あいつらを連れてきたことにじゃない」

「……え?」

「日暮れを過ぎても戻ってこなかったんだ。ミアもエルも心配してる」

「うっ……そうだね」


 ユルグの言い分に、フィノはその通りだと頷いた。

 遅くまで戻ってこなかったら皆、何かあったんじゃないかと心配して当然だ。


 それでもフィノには、ユルグの言動の意味が分からなかった。


「さっきのこと、おこってないの?」

「あいつらが俺の昔馴染みだって知らなかったんだ。仕方ないだろ」


 ユルグの返答に、フィノは驚いて瞠目した。

 こんなに殴られてボコボコになっているのに、それについてお師匠は何のお咎めも無しだという。普通ならばお前のせいでこうなったんだと、烈火の如く怒るべきところだ。

 それでも、ユルグはそれについて一つも文句を言わなかった。


「まあ、遅くに戻って心配を掛けたっていうのは、俺も一緒だな」


 苦笑を零して歩き出したユルグに、フィノはすかさず肩をかしてやる。


「んぅ、おししょうもおこられちゃうね」

「ミアもエルも怒ると怖いからな。覚悟しておけよ」


 痣を作って痛々しい顔で笑みを刻む。

 その表情はフィノの目にはとても晴れやかに映った。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 熱い友情展開もここまでいくと流石にやり過ぎかと。
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