不躾な三人組
マモンと共にシュネー山の麓の街、メイユに着いたフィノは早速、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
足元に黒犬のマモンを侍らせて、コルク板に張り出されている依頼書をまじまじと見つめる。
「たくさんあるねえ」
冒険者のランクごとに受注出来る依頼の種類は決まっているのだが、それにしても数が多い。
フィノは最下位の銅級だが、魔物の討伐依頼から果てには物資の買い付けのおつかいまで様々だ。
数日前までは人が皆無だった街中も、黒死の龍が斃されたことで人が戻ってきたらしく冒険者ギルドもこうして繁盛しているらしい。
『どんな依頼を受けるつもりだ?』
賑わいを見せるギルド内で声を潜めたマモンの問いかけに、フィノはじっと依頼書とにらめっこしながら唸り声を上げる。
「まものたいじ……のつもりだけど」
うろうろと視線を彷徨わせながら、フィノは困り果てていた。
予想以上に張り出されている討伐依頼の種類が多いのだ。
以前ユルグと一緒に依頼を受けたときは、フィノのレベルに合わせて彼が選んでくれた。けれど、素人も同然のフィノには依頼書に書かれている魔物がどんなものかも、強いのか弱いのかもさっぱり分からない。
「んぅ、どうしよう」
ここで躓くとは、フィノもまったく予想していなかっただけに、どうすれば良いか分からない。
勇んで小屋を出てきたというのに、この体たらく。ともすれば落ち込んでしまいそうになるが、まだ始まったばかりなのだ! ここで投げ出してしまうのは早すぎる!
試しに一枚手にとって、詳細を見てみる。
依頼書の内容はメイユの街の近辺に出没する〈紅玉馴鹿〉一頭の討伐。
「りゅび……な?」
『赤毛の馴鹿のことだな』
馴鹿とは、立派な角が生えた草食動物であるという。以前、フィノが相対したケイヴベアとは毛色が違う魔物みたいだ。
「これ、つよいのかな?」
『他の依頼書を見るに、個体数は多いみたいだが……だからといって容易く倒せる相手だとは限るまいな』
慎重なマモンの助言になおも悩みあぐねていると――
「おい、そこのシロスケ」
唐突に、背後から声が掛かった。
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驚いて振り返ると、そこには体格の良い鎧姿の男が仁王立ちで立っている。
その背後には濃い藍色のローブを着た堅物そうな男と、修道服の、優しげに笑みを浮かべる女性が見えた。
「……フィノのこと?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
初対面であるはずなのに、男は随分と粗野な言動が目立つ。
彼の態度に、背後の二人は「失礼ですよ」なんて窘めている。けれど、鎧男は素知らぬ顔でフィノへと鋭い眼光を向けた。
それに怯むことなく真正面から見返すと、フィノは尋ねた。
「んぅ、なにかよう?」
「用ってほどでもねえけどよ。……一人で居るって事はソロで依頼受けるつもりなのか?」
「? うん、そうだよ」
誤魔化しなく述べると、男は一瞬だけ考える素振りを見せた。
「一人じゃ、紅玉馴鹿はキツいだろ。手伝ってやるよ」
「……え?」
目の前の鎧男は思ってもみないことを言い出した。
それにフィノは目を見開いたまま瞬間、思考停止する。
彼がなんの為にこんなことを言い出したのか。その理由がまったく分からないのだ。
……もしかしたら、新手の恐喝だろうか。依頼を手伝う振りをして、報酬だけ奪うつもりかもしれない。
「いっ……いらない」
「な――っ、なんでだよ! 俺が手伝うって言ってんだぞ!」
前のめりになりながら鎧男は喚きだした。
動機も不明だしなんか怖いし……勢いに後退りするフィノに、男の背後にいた二人が慌てて止めに入る。
「アロガ、彼女怖がっているじゃないですか」
「そうですよ。優しく接するべきです!」
「……っ、十分親切にしてるだろ!?」
仲間である二人の制止に、アロガと呼ばれた鎧男は納得がいかないようだ。
「もう少し態度を改めるべきですね。彼女を見てみなさい。まっっったく伝わっていないじゃないですか」
深い溜息を吐いて、ローブ姿の男はやれやれと肩を竦めた。
「ごめんなさいね。彼に他意はないの。純粋に貴女が困っていたから手伝いたいそうですよ」
「……そうなの?」
優しげな女性の言葉に、フィノはアロガを見つめた。
すると彼は少しだけ恥ずかしそうにフィノから顔を逸らすと頷く。
「……ああ、そうだよ。リエルの言う通りだ」
――悪かったな。
素直な謝罪に、フィノは大丈夫だと頭を振る。
「そういえば、自己紹介もまだでしたね。鎧の彼はアロガ。そして、彼女はリエル。僕がロゲンです」
よろしく、と差し出された手を握り返す。
三人とも種族は人間。聞けば、アロガは戦士。リエルは僧侶で、ロゲンは魔術師なのだという。
遠くから旅をしてきて、昨日この街に着いたのだそう。
「ええと……フィノと、マモンだよ」
――ワウン!
フィノの紹介に、犬のふりをしたマモンは吠えた。
それに驚いて、足元のマモンを見遣る。いつも普通に喋っているから、こうやって動物のふりをするのは逆に新鮮だ。きっとユルグが見たら笑い出すはず。
「フィノはその成りだと……戦士職か?」
「ううん、まじゅつし」
「……うん? 魔術師だって?」
返答を聞いたアロガは眉を潜めた。後ろの二人もあまり良い顔はしていない。
「おかしいですね……魔術師は後衛職なので普通は剣なんて持たないのですが。それに、ソロで依頼を受けるのも厳しいでしょう?」
「……そのはずですけど」
一様にフィノへと疑惑の目を向ける。
初めてのそれに……上手くは言い表せないが物凄く居心地が悪く感じた。
「見たところ冒険者ではあるようですが……独学ですか?」
「ううん、おししょうがいるの」
「何考えてんだソイツ。正気とは思えねえな」
アロガの一言に、フィノは彼を睨み付けた。
どうあっても今の言葉は許せるものではない。
「魔術師に剣なんか持たせて、死ねって言ってんのか?」
「そっ、……そんなんじゃないもん! お、おししょうは」
フィノの戦闘スタイルは、彼女がこれが良いと無理を言ったものだ。ユルグも最初は魔術師ならば後衛職の戦い方を教授しようとしていた。
だから、こうして敬愛するお師匠だけが悪く言われるのは我慢ならなかったのだ。
湧き上がる怒りで手が震える。今までこんなにも怒ったことはなかった。渦巻く激情を上手く言葉に出来ないのがもどかしい。
それでもフィノが怒っていることは、彼らも理解したようだ。
「アロガさん……言い過ぎですよ。自分の師匠を馬鹿にされて嬉しい人はいません」
「うっ……すまん、悪気はなかったんだ」
アロガは頭を下げて謝罪した。
けれど、すぐにはこの気分の悪さは消えてくれない。
どうあっても今の出来事で彼らには、フィノのお師匠であるユルグは異端者であると見なされたのだ。弟子におかしな事を教える頭のイカレた師匠だと。
――これは、弟子の自分が払拭しなければならない汚点である。
「これ! うけるから、いっしょにきて!」
手に持った依頼書を、バンッ――とアロガの鎧に打ち付けて、フィノは振り返ることなく受付へと向かった。足元をマモンが不安そうな顔をしながら着いてくる。
「お、おう……わかった」
それを少したじろいだ様子でアロガは了承する。
彼の後ろで成り行きを見守っていた二人は、困ったものだと肩を竦めるのだった。




