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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第七章 
142/573

不退転の覚悟

一部修正しました。

 

 ――一方その頃。


 山腹にある祠を目指して歩みを進めていたユルグは、彼の隣を行くマモンへと目を向ける。


 彼の腕には先ほど合流した時と変わらず、アリアンネが担がれていた。

 彼女がこの雪道を歩くのは難儀するからと、マモンが道中担いでいくことにしたのだ。


 ユルグはその様子を一瞥して、それから口を開いた。

 どうしても聞いておかなければならないことがあったのだ。


「お前は俺より、あの化物に詳しいだろ」

『そうだが……この後に及んで何か気になることでもあるのか?』


 ユルグの問いかけにマモンは何事だと訝しんだ。

 それに頷きを返して、続けて問う。


「奴が纏っている瘴気を払う以外に手傷を負わせることは可能か?」

『ふむ……難しいだろうな』


 ううむ、と嘆息しながらマモンは続ける。


『知っての通り、あれはどんな攻撃でも防いでしまう。絶対防御というやつだ。それを力尽くで破ろうなどとは、人ひとりの力ではどう足掻いても不可能だ』

「……そうか」

「どうかされたのですか?」


 ユルグの問いに、不審に思ったのだろう。

 先ほどまで居心地が悪そうにしていたアリアンネは、だいぶ慣れたのだろう。上手に担がれたままマモンと同じことを聞いてきた。


「先ほどあの化物が頭上を通って行っただろう。その時、奴の頭に何かが刺さっているのが見えた」


 遠目ではよく見えなかったが、あれは剣のようにも見えた。しかし、今の話を考慮するのなら、それを鵜呑みにするにはあまりにも馬鹿げている話だ。


「見間違いということはないのですか?」

「どうだろうな」


 普通ならばそう考えるのが現実的だ。

 黒死の龍に傷を負わせるのはどうやっても不可能だった。あれから一年経っているとはいえ、たったの一年ぽっちで弱体化するとは思えない。


『仮に何かしらの方法であの靄を破ったとしても、その手段が分からぬのならどうしようもない。期待しない方が良いだろうなあ』


 マモンの意見にユルグも同意を込めて頷きを返す。

 気にはなるが、それについてうだうだと考えている時間はない。今は当初の目的通りに祠に安置されている匣を入手するのが先決だ。




 ===




 しばらく進んだ後、殺風景な雪山の景色に不釣り合いな建造物が姿を表わした。

 しかし、眼前に聳える祠の状態を見ては、ここまで辿り着いたことを素直に喜べない。


『目的の祠というのはあれのことか?』


 マモンの懐疑的な台詞に、ユルグも再度眼前に聳えるものを見据えた。


「う~ん、これでは中に入るのは難しそうですね」


 地面へと下ろされたアリアンネは率直な意見を述べる。


 山の中腹にある祠の入り口は、降り積もった雪によって閉ざされていた。

 この環境で立ち寄る人間も皆無。当然手入れもされていなかったのだろう。自然な成り行きと言わざるを得ないが、これでは目的を達する事は出来ない。


「……参ったな」


 これにはユルグも困り果てた。


 祠の形状は今まで見てきたものと変わらず、頑丈な石扉に吹き抜けになっている天井。そこは変わりない。

 しかし、入り口の石扉のみならず天井部も雪によって塞がれてしまっている。

 すっぽりと雪に覆われドーム状になっており、とてもじゃないが侵入は出来ない。


「炎魔法で溶かしてしまうのはどうでしょう」

『それ以外に方法はないだろうが、安易に放って雪崩でも起きたら目も当てられん。特にアリアンネに任せた暁にはどうなることやら……』

「むっ! それはどういう意味ですか!」

『ただの独り言だ。気にすることでもないよ』


 あーだこーだとじゃれ合っている二人を置いて、ユルグは祠の周囲を見て回った。

 どこか隙間でも空いていて、そこから入れないかと思ったが結果は言わずもがな。


 おそらく今回の状況はかなり特殊なものだ。


 この祠の存在は、アルベリクの証言から少なくともあの街の人間には認知されていた。スタール雨林のように、長い間人の手も入らずに手付かずというわけではなかったはずだ。

 しかし、黒死の龍の出現により街から人が居なくなり、こんな状態に成り果ててしまった。そんなところだろう。


 とはいえ、中に入れないのならそれが分かったところでどうすることも出来ない。


『どうするのだ?』


 周囲の散策から戻ってきたユルグに、すかさずマモンが伺いを立てる。

 それに答えることなく黙ったまま考えあぐねていると、


「あの匣が作戦の肝なのでしょう? それが入手できないのなら、一度戻って体勢を立て直すべきだと思います」


 アリアンネの意見は至極真っ当なものだった。

 安全と確実性を取るのなら、感情的にならず冷静に状況を判断して一度引くべきだ。


 そう頭では分かっているが、それでもここでおめおめと尻尾を巻いて逃げ帰る訳にはいかない。あの禍々しい姿を目にして、師匠の仇が生きてここに居ると知っていながら手をこまねいている訳にはいかないのだ。


 ――どんな手段を使ってもあの化物を斃す。それを成す為に、ここまで来たのだから。



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