はじめまして
誤字修正しました。
ミアの質問に肯首したエルリレオは汚れたテーブルを片付けながら、物憂げな表情を見せる。
どうしてそんな顔をするのだろう、とミアは不思議に思った。
エルリレオはユルグの師匠であり、四年間一緒に旅をしてきた仲間だ。直接会ったことはなかったけれど、話の中に出てくる彼はユルグのことをとても可愛がっていたように感じた。
そしてそれはミアの勘違いというわけでもないはずだ。
それなのに、どうしてかエルリレオはちっとも嬉しそうな顔をしない。
「儂の名を知っていると言うことは、ユルグから話は聞いているのだね?」
「う、うん……少しだけど」
「儂もお嬢さんのことは存じていたよ。故郷に大事な幼馴染みがいるとな」
言って、エルリレオは微かに笑みを浮かべた。
対して、ミアは内心驚く。自己紹介も何もしていないというのに、彼はどんぴしゃでミアがユルグの語った幼馴染みだと言い当てたのだ。
「な、なんでわかったの?」
「そんなに驚くこともない。儂ほどに歳を重ねると、他人の心が読めるのだよ」
「うっそだあ」
半信半疑でいるミアを余所に、
「――すっげえ!?」
「ほ、ほんと!?」
アルベリクとフィノが目を円くして叫び声を上げた。
エルリレオを見るその目には疑惑など一切ない。尊敬の念がありありと浮かんでいた。
そんな二人の様子を眺めて、ミアの隣に座っていたティナと顔を合わせる。
流石に彼女はこんな子供だましの嘘には騙されたりはしていないみたいだ。
「まあ、そんなことが出来たら苦労はせんわなあ」
苦笑してかぶりを振るエルリレオに、さっきまで信じ切っていた二人は誰が見てもわかるほどにがっくりと肩を落として唇を尖らせた。
「ええ、うそついたの?」
「お、おれは嘘だって分かってたよ!」
まんまと騙された二人は口々にぶうぶうと文句を垂れた。
けれど、彼の言動を信じ切ってしまうのも分かる気がする。
エルリレオは齢、五百を越える。長寿のエルフの中でもある種の貫禄がひしひしと伝わってくるほどだ。
それに加えて、彼はユルグの師匠でもある。フィノにとってはそれだけで盲信してしまうのも無理はない。
「しかし、心を読めずとも長生きしていると経験と勘で何となく分かってしまうものなのだよ」
彼はさっと訂正して事も無げに言ってのけるが、それでも十分な洞察力である。
「お嬢さんの話は、ユルグからよく聞いておった。旅の最中、故郷が恋しいのか……たまにそういった話をしてくれたものだ」
「……そうなんだ」
ミアの前ではそんな態度はこれっぽっちも見せなかった。きっと余計な心配を掛けさせまいと気を遣っていたのだろう。
今になってそれに気づいても遅いけれど、第三者からこうして話を聞くと途端に実感が湧いてくる。
「して、肝心のユルグの姿は見えぬが」
「それは……」
エルリレオの問いに、ティナは歯切れの悪い返答をする。
明らかにバツの悪そうな様子に、ミアは内心不思議に思いながらも成り行きを見守っていた。
ずっと荷馬車の中に居たせいで、あの二人がどこに行ったのかは正確には知らないのだ。すべて人伝に聞いた話だ。
しかしなぜかティナは言い淀むばかりで、フィノに至ってはうろうろと視線を彷徨わせて挙動不審である。
そんな彼女らの態度を目にして、エルリレオは静かに息を吐いた。
「……野暮な事を聞いてしまったのう。ここに来る目的なぞ、一つしかないだろうに」
そう言って、彼はミアを一瞥すると淹れなおした茶を啜った。
エルリレオはさっきの一瞬で何かを察したようだったが、ミアにはさっぱりだ。
けれど、よくよく考えてみると状況が浮き彫りになってきた。
「二人とも、私に嘘吐いてたの?」
「……病人を不安にさせるのは良くないと思ったので。気を悪くしたのなら」
「良いの。私だって同じことをしてたと思うし、責めるつもりはないよ」
ティナの謝罪に頭を振って否定する。
そもそも、一言もなしに行ってしまったユルグが悪いんだ。ティナやフィノが申し訳無さそうな顔をするのは間違っている。
もちろん、彼がミアの事を想ってわざと何も言わずに山頂まで向かったのは理解している。
だから無事に帰ってきたら小言の一つで手打ちにしてあげよう。
「儂が引き止めても結果は変わらなかったはずだ。落ち込む必要はない」
酷く落ち着いた様子でエルリレオが賛同する。
それから少しの間、沈黙が流れて――ミアは一番聞きたかったことを尋ねることにした。
「あの、聞きたいことがあるの」
「なにかね」
「エル……エルリレオはどうしてこの雪山に暮らしているの?」
「エルフの名は馴染みがないと呼びにくいからのう。好きに呼んでもらっても構わんよ」
柔らかな笑顔を向けてそう言ってくれたエルリレオに、ミアは頷きを返す。
それから、彼はミアの問いにこう答えた。
「この足では、とてもじゃないが一人旅など出来はせん。仮にユルグを追いかけたとしてもすれ違いになって会えず終いということも考え得る。であればこの場所に残って待っていた方が良いと考えたのだよ。敵討ちなど、馬鹿な事を考えているであろう弟子を止めるために」
――結果的に後の祭りとなってしまったがね。
手中のマグを置いて、エルリレオは一息ついた。
彼が抱いている感情は複雑なのだろう。
ユルグに再び会えるという歓喜。無謀な戦いに向かった弟子への憂慮。彼を一人置き去りにしてしまった事への後悔。
しかし、その中には怒りの感情など一つも含まれていないように、ミアは感じた。
そのことを理解すると同時に、安堵の感情が胸の内に広がっていく。
エルリレオも、ミアと同じくユルグを責める気など微塵もないのだ。




