血縁者
マモン曰く――彼の創造主たるログワイドという人物は、生まれた時から白髪で赤眼という、エルフであるにも関わらず他とは変わった容姿をしていたらしい。
それに加えて短命。おまけに相当な変わり者であったそうだ。
「……そんなの、聞いたこともない」
『だろうなあ。己も長く生きてはいるが、あやつの血縁者以外であのような外見の者に会った覚えはない』
そもそも容姿もそうだが、このマモンを創りだしたのだ。
彼が変わり者であるというのは疑いようのない事実で、以前マモンが話していた『変革者』だの『特異点』だの、というのも大いに頷ける。
「それで……こいつがそれの血縁者ってわけか?」
ユルグに寄りかかって眠っているフィノを小突いて起こす。
「起きろ」
「んぅ……」
目を擦って、未だ眠そうにしているフィノはキョロキョロと辺りを見回した。
そこで自分に視線が集まっていることに気づいて、きょとんとして瞠目する。
『フィノは混血だろう。白髪であっても断定は出来ない。己も最初は半信半疑だったのだが、彼女の母親がエルフでありながら同じ髪色をしていたと言うではないか。そこで確信が持てたというわけだ』
マモンの考察を後押しするようにユルグもあることを思い出す。
フィノがユーリンデの名付けをしている時のことだ。
あの時は彼女の記憶違いであると断じたが、マモンの話を聞いてそうではないと思い至った。
ログワイドの血族であるならば、エルフらしい長ったらしい名前にだって説明が付く。
「なるほどな」
「なに? なんのはなししてるの?」
「お前の話だよ」
「ええ?」
ユルグの返答を聞いて、フィノは不思議そうに首を傾げた。
さっきまで小難しい話をしていたのに、どうして自分の話などしているのだろうか。
そんな胸中がありありと伝わってくる。
『とは言っても、血縁者だと知れたところで何がどうなるわけでもない』
彼の言う通りだ。
フィノの正体が知れたからと言って、そこからログワイドの一族への手掛かりが掴めるかと言えばそうではない。
彼女は母親のことさえろくに知らないのだ。それに期待するほどマモンも追い詰められてはいないだろう。
『しかし、ラガレット国内のどこかには痕跡は残っているはず。存続しているにしろ没落しているにしろ、この国はそれほど広くはない。虱潰しに探していけば手掛かりくらいは見つかるはずだ』
「……先は長そうだな」
「ねえ、なんのはなししてるの?」
「だから、お前の話だよ」
「ええ?」
軽くあしらわれたフィノは、「いみわからない」とぼやいていた。
『他に何か聞きたいことはあるか?』
「……仮定の話になるんだが、もし――……いいや、なんでもない」
口から出掛かった言葉を飲み込んで、ユルグはかぶりを振った。
今しがたマモンに尋ねようとしたことは、『もし、フィノがマモンを継げば当面の問題は解決するのではないか』ということだ。
流石にアルディアの皇帝をどうにかしなければ一進一退。この状況を覆せはしないだろうが、それでも千年も続いてきた慣習を壊せる。それだけでも意味のあることだ。
けれど、ユルグはそれに否定的な考えだった。だから、マモンへの詰問を中断したのだ。
フィノは今まで奴隷として過ごしてきた。そこには自由も何の希望もなかった。それが今はこうして何にも縛られず自由に、自分の生きたいように未来をつかみ取る事が出来る。
ユルグの示した仮定は、それをすべて諦めろと言っているようなものだ。
それこそ、勇者として全ての望みを絶つしかなかったかつての自分と同じように。
そんなことは、他の誰でもないユルグがして良いことではない。
出来れば巻き込みたくはないが、この事をフィノが知ったら何と言うか。
彼女はユルグに少なからず恩を感じていることは知っている。だからこそ、後先考えずに自分が引き受けるなんて言い出しかねない。
徒然と考えて、この事は極力フィノには内緒にしておこうという結論に達した。
いずれ打ち明けなければならないときは来るだろうが、何もそれは今でなくても良い。
「そろそろ戻るか」
「んぅ、もういいの?」
「あまり心配させすぎるとミアに怒られるからな」
「そうだね」
いつものユルグに戻ったことに安堵して、フィノは言葉尻に笑みを残して立ち上がった。
焚き火を消して帰り支度をすると、彼女はユルグの冷え切った手を握って野営地へと戻るのだった。




