思い出を胸に
そういえば、昔グランツがこんなことを言っていた。
『女ってのは、めんどうだからなあ』
女好きの彼がこんな台詞を吐くなんて思ってもみなかったから、それを聞いたユルグは大変驚いた。
何を思ってそんなことを言うのかと聞くと、彼はにんまりと笑って
『お子様にゃあまだ言ってもわからねえよ』
などと、言いくるめられてしまった。
けれど、今ならば彼がどうしてあんな事を言ったのか少し理解出来る。
要は、こういうことだったのだ。
===
「それで、あったかい襟巻きとコートだっけ? あとは手袋もなくちゃね」
隣を歩いているミアは楽しげにそんなことを言ってみせた。
先ほどはユルグに対して不満たらたらな態度を取っていたのに、こうして一緒に防寒具の買い込みをしている彼女は、そんなこと無かったかのように今のお出掛けを楽しんでいる。
その様子を横目で見て、ユルグはやれやれと苦笑を零すのだった。
人数分の襟巻きにコートと手袋。それと厚底の靴。
それらを全て揃えて荷馬車まで戻ってくると、ティナとフィノがオンボロ荷馬車の補強に精を出していた。
隙間が空いているとそこから雪が入り込んでくる。移動中は火を焚いて暖を取れないし、荷馬車の中にいるミアとアリアンネに風邪でも引かれたら大変だ。
「昼頃には出発したいんだが、いけそうか?」
「ええ、問題ありません」
手伝っていたフィノと代わって、板を押さえつける。
ティナの手際は流石なもので、ユルグとミアが買い出しに行っていた約一時間の間に殆どの補強を済ませてしまっていた。
あとは諸々の備品の用意が整えばいよいよこの街から、次の目的地であるメイユへと進むことが出来る。もう一息だ。
はやる気持ちを抑えながら――だからこそ、準備は抜かりなく行わなければならない。
防寒具以外にも準備するものは色々とある。
天幕もそれの内の一つだ。
今までは星空の下で野営をしていたが、雪の降る地域ではそうもいかない。天候が悪ければ吹雪の中一夜を越さなくてはいけなくなる。そういった時に天幕があれば寒さを凌げるのだ。
そういった備品の買い出しはアリアンネとマモンに頼んだ。
彼女たちが戻ってくれば、すぐにでも旅立てる。
「そうだ、勇者様。一つ言っておかなければならないことがあります」
「? なんだ?」
「今回のティブロンへの滞在。お嬢様も私も、存分に羽を伸ばすことが出来ました。ありがとうございます」
律儀に礼を述べてきたティナに、ユルグは一瞬呆気に取られて固まってしまう。
彼女にこんなことを言われるとは思ってもいなかったのだ。
「べつに、ここに行きたいって言い出したのはあいつらだ。俺に礼を言うのは間違ってるんじゃないのか?」
「例えそうであっても、お嬢様と付きっきりで共に居られたのは初めてのことだったので」
そう言って、ティナはなぜか少しだけ照れたように顔を赤らめた。
何を想って、想像しているのか知れないが。こんな彼女は初めて見る。
それだけ、今回の温泉街での出来事は楽しいものだったのだろう。
「……そうか、良かったな」
頷くと、荷馬車の後方から声が掛かった。
ここは一人で大丈夫だというティナに任せて足を向けると、ミアが荷物の積み込みに悪戦苦闘していた。
「ごめん、それ持ってくれる?」
「わかった」
普段、こういった積み込み作業はフィノに任せているのだが、なぜか彼女の姿はここには無い。
「いいねえ、にあってるよ」
聞こえた声に厩舎の中に目を向けるとそこにフィノがいた。ユーリンデの身体に何かを被せている。馬服というやつだ。
馬というのは寒さに強い動物であるが、それでも防寒対策は必要なのだ。
首と足部分を残して、すっぽりと服に収まったユーリンデを見つめてフィノは満足げに微笑んでいる。
すっかり二人きりの世界に浸かっている様子を遠目に見つめて、持っていた荷物を荷馬車へと詰め込む。
せっせと二人で積み込みを進めていると、不意にミアがこんなことを言い出した。
「もう少しいたかったなあ」
「そうだな」
「ねえ、また来ようよ。今度は二人きりで」
「……そうだな」
そう答えると、彼女はとびきりの笑顔を向けるのだった。




